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しろくあふれる

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幾百年も前から、ギルベルトは敬虔であった。神の母を崇拝していた。おおやけにそうすることをやめても、心のうちでは熱心な信者のままであった。あの頃のロザリオを今も身につけている。そうしてよごと夜が籠めるまで、ギルベルトは静かに祈っている。そういう習慣である。制約はあったけれども、もともと生活することに執着のない男だったので苦ではなかった。酒と腸詰め、少しの睡眠があればそれでよい、そういうひとだった。穏やかで簡素な生活である。しかしながら、そういう生活をしばらく続けてゆくなかでギルベルトはいつしか違えてしまっていた。彼は弟にあたるひとを愛した。背約であった。それでもギルベルトはそれをずっとひた隠しながら、敬虔に生きてきた。そういう隠すばかりの生活をしているうちに、しらぬ間に臆病になってしまったが。

イタリアに行こう、と、ルートヴィッヒが言い出したのは一週間と前のことであった。フェリシアーノがふたりに会って話したいことがあるのだと、どうか来てくれないかというので、日帰りでならばという約束で取りつけた。何の用かと問うてもそのひとは口を割らない。お楽しみだよ、と電話越しに呑気にわらった。
イタリアの空は高く青い。空港をそろりと降りたって、フェリシアーノの姿を探す。空港まで迎えに行くからねえとそのひとは言っていた。フェリちゃんどこだろうなあ、見当たんねえ。またシエスタとか言うんじゃないだろうな。そうやってしばらくあたりを見回していた。ごめんね遅れちゃった、じきに遠くから声がして、細見の男がふらふらと走ってくる。フェリちゃん!ギルベルトはわずかに片手をあげた。ギルベルト久しぶり、ルートごめんね怒らないで、フェリシアーノは目を回している。言葉もとぎれとぎれに息が荒い。大丈夫だよ、な、ヴェスト。とんとルートヴィッヒの肩をたたく。…あ、ああ。とたんに、ここにあらずというふうな返事をされる。ギルベルトは首をかしげた。ねえ、俺さ。とつぜん、フェリシアーノが間に割って入った。ぐっと腕をまわされる。もうすっかり息は整ったようである。ふたりに見せてあげたい場所があるんだ。割りこまれたことをわずかもやもやとしながら、つとめて笑顔をみせた。ゴンドラが流れてて涼しくてねえ、人はまあ、多いんだけれどすごくいいところなんだよ。ふ、とそのひとがギルベルトにわらってみせる。なぜだか凪いだ表情だと、つよくおもった。ふうと意識が澄んだような気になる。ほら、行こう行こう!腕を引かれてひきつった表情になってしまう。ふとルートヴィッヒのほうを見やった。すうとした輪郭の横顔がひどく浮かれているように見えて、またもやもやとしてしまう。
あっそうだ、ルートには別で見せたいものがあるの、忘れてた!腕をひいていたフェリシアーノが急にとまるので、おどろいてつんのめった。ゆるやかに水のたゆたう橋の上まで来たところであった。ギルベルト、ちょっとここで待っていて。彼の表情がみるみる穏やかなものになる。まるで余裕を見せものにされたようで、とたんにふっと青ざめた。ふたりの姿がどんどん遠ざかってしまう。引きとめようとも声さえ出ない。もうずいぶん臆病になってしまったのだなあと、このときようやっと気づいた。欄干に腰をやって、ずるずるとしゃがみこむ。嫉妬や浅ましさ、惨めさ、そういう感情が複雑に入り混じっている。はあ、と熱い息をはいて、ギルベルトは両手で顔を覆った。

…お待たせ。ふいに声がふってきて、はっとして顔をあげた。はじかれたように立ち上がる。そのひとがまた穏やかにわらっている。瞳のいろはたえず明るい。本当はね、ふたりに話があるわけじゃなかった。お前にだけ話したかったんだよ。……何を。好きなんでしょう、敬虔なお前が、彼を。ゴンドラの流れる水の音、子どもの嬌声がゆるやかに耳にはいってくる。自らの血の巡る音、眼前のひとの靴の裏と砂の掠めるじりじりという音。そういう複雑にまじりあった音だけが、ギルベルトには鮮明に聞こえている。たいして、景色にはまるで動きがないようだった。木々のゆらめきや鳥の飛ぶさま、目にするあらゆるものが止まっているようだとさえおもった。身体がついてゆかず、軽くめまいを覚える。てのひらが少し冷たい。咽喉が渇いたふうに幾度か上下する。どういうことかな、フェリちゃん。ごまかさなくていいよ、わからないとでも思ってるの。ふっと息がつまる。彼の崩れない穏やかな表情から、その裏のほうに蠢いている感情をひきずり出すことがうまく、できないのだ。あのひともだよ。フェリシアーノのやわい指先が、そうと右手に触れてくる。はっとした。誰が、とは声すら出なかった。
行ってあげてよ、待たせてるんだ。待つのは好きではないひとだから、二の足を踏むギルベルトに、彼は言う。すぐそこの公園で。言ったきり、そのひとはギルベルトに背をやる。どういうことだよ、ふいと肩に触れようとした手を払われて、おもわずぱっと手首を返してしまう。待つの、十秒だけだからね、わかってる?ひとつ間をおいて、そうしてそのひとのくちびるから、数がこぼれはじめた。ディエチ、ノーヴェ、オット、細い背中がゆるやかに揺れている。ぐっとくちびるを噛んだ。足先がやわい熱をおびてくる。体の先のほうから、どんどん熱がのぼりつめている。そうやって、ギルベルトはとうとうたえきれなくった。ひとつ息を吸う。咽喉がひりひりと熱い。てのひらにつめが食い込むほど、つよくこぶしをにぎる。そうしてクアットロのカウントと同時に走り出した。うまくおぼつかない足で地を蹴る、フェリシアーノのやわい指の感覚が、遠くなる。ひっどい役の振り当てだよ。背のほうで、乱れた声が響いた。たしかに彼の声だった。吐息の多い、フェリシアーノのこんな声をきいたことはきっとない。思わず振り返りそうになって、そうして少し首を巡らせたところでやめた。男にとって、そういうところを他人の目にさらすのはいけない。ギルベルトはぎゅっと目をつぶった。彼なりにルートヴィッヒを愛し、ギルベルトに後ろ盾を与え、そうして自ら手を引いたのだ。自分ならきっとできないとおもった。現に手をひいたフェリシアーノにさえとられまいと、ギルベルトは走ったのだ。吐いた息がおもわず震えた。自分はなんて愚かな男だろうと、彼に口汚くののしられても仕様がないとおもった。浅く呼吸を繰り返す。その間にも足の端にたまった熱を、ふりほどくことができないでいる。
作品名:しろくあふれる 作家名:高橋