【腐:ゴトタツ】月の夜に
「痩せたなー後藤」
上着の裾から手を入れてきてシャツ越しの背中を達海の手が辿る。
達海の声は俺の腹の辺りで響いてくる。
「お前もな」
うつ伏せ状態で俺の体にしな垂れかかるような達海の背中に手を伸ばした。
Tシャツ越しの背中は薄い。
「筋肉落ちたな」
特に何の感想でもない、事実を口にしたような達海の言葉に少し笑う。
流石に現役時代のような肉体を維持していられるはずもなくて。
「・・・お前もな」
それはお互い様だ、と思う。
がむしゃらにボールを追いかけるだけの生活は出来なくなってしまった。
それでも、俺たちはこの世界から離れることが出来ないでいる。
これしかない、ということも多少はあるのかもしれない。それでも選択肢が全く他になかったわけじゃない。俺たちは今いるここを選んだ。
他人には決めることは出来ない。自分自身で決めたこと。
達海が顔を上げた。
何か企んでいるような顔。日本を去ってから十年が刻まれた顔。
それでもここにいるのは達海猛以外の何者でもなく、あの日俺がイングランドで見つけた男だ。
右手で髪を後ろに撫でつけるように触れると、自然達海の目が閉じた。
その瞼に口付ける。
「んっ・・・」
何度か繰り返して、目尻に口付けたら。
「俺、風呂入ってねーよ」
と達海が言う。意図は明らかだ。
「今、それ言うのか」
まだ唇にすら触れていないのに。別に情緒だとかいうものを求めるつもりもないけれど。
「重要じゃん?」
くく、と笑う達海に。
「そうでもないよ」
と返せば。
「まあ、後藤も入ってないわけだもんな」
そんなことを言う。
髪を撫でていた手で、首筋に触れる。耳の後ろから首筋にかけてを指先でくすぐる。
「っ・・・」
触れるだけのキスをして、自分の余裕の無さの揺らぎを押さえつけようとしたら。
「・・・ここですんの?」
達海の声が耳に入ってきて背中から首筋辺りが痺れた。
「・・・後藤」
唇に噛みつかれた。視界の端に入る自分の影が濃く深い。
ああ月が見てるからここじゃダメだ、なんて恥ずかしい台詞が頭に浮かんで顔が熱くなった。
流石にそれを口にすることは出来ない。
「・・・達海、部屋に・・・」
そこまで口にしたところで視界が回った。
背中に硬い感触。
目の前の大きな月。
のぞき込んでくる達海の顔。
「自制心があるってのはいいことだと思うけど、たまにはタガが外れるほど・・・」
夢中になってみろよ、と笑って言ったその表情に。
俺は苦笑いすることしか出来なかった。
end
作品名:【腐:ゴトタツ】月の夜に 作家名:しの