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また同じ空の下で

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 扉を開けて外に出ると、まだ少し冷たい風が頬を掠めた。
 それは桜が開き始めようとする3月初め。まだ温かい春が訪れるには少し早い、卒業を間近に控えた日の朝だった。

 話たいことがある、そう言って相手が指定したのは学校の屋上。時間は始業前の朝の時間だ。
 俺はもともと早起きな方だし、今でも朝練をしていた時の習慣が身に付いてしまっているので、相手の指定した時間に何ら文句はないのだが、相手を思えば本当にこの時間でいいのかと少々不安に思う。
 何故なら今日この時間を指定して俺を呼び出したのは、千歳千里なのだから。

 屋上の扉を閉めて、ぐるりと辺りを見渡す。
 朝の屋上は思ったよりも静かだ。人の気配など感じられない。
「千歳?おらんの?」
 予想通り、俺の呼び掛けに応える声は返ってこなかった。
 もしやと思って裏手に回り、更に上へと掛けられた梯子を上る。空に近くなるこの場所で、千歳はぼんやりと空を眺めたり、昼寝をしていたりするのだ。
 けれど、上りきったそこにも目的の人物は見当たらなかった。
「まったく、人呼び出しといて本人おらんってどういうことやねん」
 思わずひとつ溜め息を吐く。けれど千歳と出会ってからというもの、こんなことはしょっちゅうで、溜め息を吐きながらも、どこかこの状況に慣れてしまっている自分がいた。
 仕方なく千歳がよく寝ていたあたりに腰を下ろす。
 そこから見上げる空は、いつも見ているよりもずっと近い。朝日が照らす街並みも、こうして見下ろすことなど殆どないので不思議な気分だ。
 千歳もこうして景色を眺めたのだろうか、などと考えてみる。俺よりもだいぶ身長が高い千歳が片目で捉える世界と、俺の両目に見える世界は同じようでいて、どこか違うものなのではないかと思うことがあった。だからこうして人の身長より遥かに高い此処からから見下ろす風景は、千歳が此処から見ている風景と同じもののような気がして、少し嬉しかった。
 
 そうしていると聞き覚えのある音が聞こえた。具合良く張られたガットが黄色い打球を弾く小気味良い音。音のする方へ視線を向ければ、案の定そこにはテニスコートがあり、後輩たちが朝練に励んでいるのがよく見えた。
「へぇ…」
 こんな場所からテニスコートが見えるなんて思いもしなかった。折角だから少し様子を眺めようと思い、コートがよく見える方へ移動する。新しく部長になった財前が部員たちに指示を出している姿が見え、微笑ましく思っているとチラリと何かが視界の端に映り込んだ。
「ん?」
 よくよく見るとそれは、何かでコンクリートを傷付けて残された文字だった。
「なん…」
「ああ、白石。ここに居ったと。遅れてすまんばい」
 突如背後に響いた聞き覚えのある声に思わず肩が跳ね上がる。
「え、あ、ち、千歳?!」
 振り返れば、そこに居たのは待ち合わせをしていた人物で、約束していたからそこにいるのは当然なのだが、今の俺にとってはタイミング悪いことこの上なかった。原因はあの文字だ。
「どぎゃんしたと?そんなに慌てて」
「え、いや、なんもないねん!ちょっとビックリしただけや」
 もちろん痕を付けたのは自分ではない。千歳にだって関係がないかもしれない。それでもそこにあった文字は、自分の心の片隅にそっと仕舞われている言葉で、彼と待ち合わせをしていたこのタイミングで目にしてしまっては、どうにも落ち着いてはいられなかった。
 けど、それは自分の問題。もとより相手に知らせることのない問題だ。それでも相手に気付かれてはバツが悪いので、彫られた文字をそっと隠す。
「白石」
 少し間を空けて、千歳が俺の名前を呼んだ。千歳の方を見ると、その視線は文字を多い隠すように置いた俺の左手をじっと見ているようだった。
「何? ていうかお前、こんな朝っぱらから人呼び出しといて何の用やねん」
 その視線を気にしないように、平静を装いながら言葉を返す。けれどそんな俺の問いに千歳は答えず、やはり左手を見詰めながらゆっくりと近付き、その場にしゃがんだ。
「だから、お前なんな…」
「これ、見たと?」
 千歳が「これ」と指を指したのは俺の左手−−−ではなくて、おそらく、たぶん、この手に多い隠されているもの。
「え?」
「だから、白石の手の下の。見たんじゃなかと?」
 そう言いながら千歳の手が文字を覆い隠す俺の手を取る。内心とんでもなく焦ったのだけれど、だからと言ってどうすることも出来ずただされるがままにその場から手を退ける。
 そこに刻まれたのは『すき』の2文字。

「これ、」
「え、や、…あああ!な、なんやろなこれ!気ぃ付かんかったわ!」
 我ながら白々しいと思うのだが、取り繕うかのように言葉が飛びだす。そうでもしなければ恥ずかしさで、どうにかなってしまいそうだ。
「そ、それより用て何? ていうか、手離してくれへん?」
 必死に話題を変えようと言葉を続け、掴まれた手を振り解こうと軽く振った。けれど千歳の大きな手が俺の手を離してくれることはなく、逆にぎゅっと力を込めて握り込まれた。驚いて見上げると、千歳は少し視線を外して呟いた。
「これ、俺が書いたと」
「…へ?」 
「だから、これ俺が書いたとよ」
「千歳が…?」
「ほら、ここからテニスコートばよく見ゆるけん、白石が頑張っとるとこいつも見とったと」
 そのうち気が付いたらそう想うようになっていた。そう告げる千歳の顔は、心なしか赤くなっていたような気がする。けれど俺はただただ驚いて、何の言葉も発することが出来ないまま相手を見返すばかりだ。
「言っても困らせる思ったとやけど、やっぱし俺の気持ちば知っとってもらいたかったばい」

「俺は白石のこつ好いとう」

 まっすぐに向けられた視線にも言葉にも直ぐには反応することが出来なかった。千歳の言葉と、コンクリートに彫られた2文字がぐるぐると頭…いや、全身を駆け巡る。
「…おれ、も……」
 それは、ずっと俺の中にも育っていた感情。そっと仕舞い続けていた千歳への想い。隠したまま、別れるはずだった言葉。
「俺も、千歳のこと……好きや」
 無意識にぽろりと漏れたその言葉に、全身から力が抜けるのを感じた。
「白石」
 千歳が俺を呼ぶ。ハッとして視線を戻すと、千歳はくすりと小さな笑いを漏らした。
「…なんでここで笑うねん」 
「だって白石、泣いとうよ」
 そう言って、千歳の手が俺の頬を拭う。慌てて自分でもう片方の頬に触れれば、僅かな水滴が指先に移った。
「うわっ、ほんまや!なんやねんこれ、恥ずかしいな」
「そんなこつなか。それだけ俺のこと想ってくれたとやろ? 嬉かよ」
「…千歳が悪いねん。お前、もうすぐ帰ってしまうから、言ってもしょうがない、困らせるだけやって、そう思って我慢しとったのに…何やこれ…」
 拭われた頬にまた一筋滴が走るのが分かった。なんと女々しいのだろう。そう思うのだけれども、堰き止めていた言葉と一緒に、説明のつかない感情が溢れ出てきてしまう。
「でも俺は言えて良かったばい。両思いになれたと」
 それなのに、にこにこ笑ってそう言う千歳の顔を見たら、なんだか拍子抜けしてしまった。ああもう、これだからこんなにも好きになってしまったのだ。
作品名:また同じ空の下で 作家名:とびっこ