こらぼでほすと 一撃7
はいよ、と、ニールが立ち上がる。そして、年少組に挨拶をして大人組の輪にハイネが
座りこむ。
「ママが帰って来た途端に現れるか? ハイネ。」
「当たり前だろ。俺は、ママニャンの間男だからな。トダカさん、加減はどうですか?
」
「痛みは引いたから大丈夫だ。」
「クセになるらしいから、無理しないでくださいよ。しばらくは、見習いで、悟浄がフォ
ローします。」
店のほうで、トダカに通常営業モード前のリハビリ期間を設定した。とりあえず、一週
間。その間は、誰かがバーテンダー見習いということで、フォローすることになっている
。開店準備は、ニールがフォローするのも予定されている。
「助かるなあ。さすがに、今、ビールケースを持ち上げるのは怖くてね。」
まあ、一杯、と、ハイネに自分のグラスにビールを入れてトダカが渡してやる。こりゃ
、どうも、と、ハイネも、それをぐぃーっと空けて、ぷはーと気持ち良い息を吐き出した
。
「俺も、腰に入ってるから、復帰した最初は、そうでした。十年もしたら、トダカさんと
似たようなこと言ってるんだろうなあ。」
「ハイネも? 」
新しい取り皿やコップを運んできたニールが、会話に混じる。ハイネも奇跡の生還者様
だとは聞いていたが、トダカと似たような重傷を負ったらしい。
「ああ、人工骨と人工関節が腰に入ってるからさ。ぎっくり腰は長引くだろうな。」
「えらい怪我したんだなあ。はい、トダカさん、新しいのです。冷えてますよ。」
ハイネに相槌を打ちつつ、ニールがトダカの新しいコップに注いでいるのは、ノンアル
コールビールだったりする。あんまり量は飲まさないという方向らしい。ハイネと三蔵に
は、アルコールの入っている分を注いでいる。
「娘さんや、これはイジメかい? お父さん、娘さんに意地悪されたら悲しくて泣くよ?
」
「意地悪じゃありません。どうせ、焼酎は飲むんだから、ビールぐらいはノンアルコール
にしてください。」
まだ飲み始めたばかりだ。これから、延々と呑んでいくのだから、多少でもアルコール
分は減らしておこうというニールの心配りだ。もちろん、トダカも解っていて、泣いたフ
リをする。
「もう、ママッッ、そこいらのヨッパライの相手はいいから。こっち来て。」
肴の取り分けやお酌ば゛かりで、ちっとも食べていないニールに、悟空が声をかける。
量は食べないが、それでも食べさせておかないといけない。
「シン、そっちのサラダを盛り合わせろ。俺は、肉のほうをやる。」
レイが、焼いている肉と野菜を、ひよいひょいと取り皿に放り込み、シンも用意されて
いる二種類のサラダを取り分けると、悟空の横にやってきたニールのところへ置く。悟空
も、麦茶を注いで渡している。
「ちょっとは食べないとさ。」
「食べてるぜ、悟空。」
「ちびっとじゃん。ほら、タレは何にする? ポン酢とかレモンもあるよ? ママ。」
「焼き肉のタレもいいと思うんですが? 」
「ほら、なんでもいいから、さっさと皿を空けろ、ねーさん。次が焼きあがるぜ。」
やいのやいのと年少組に構われて、ニールも嬉しそうに、はいはいと言いなりになって
いる。
「なんていうか、似合うよなあ。」
その光景が、しっくりくるなーと、ハイネは微笑む。『吉祥富貴』の日常担当は、かな
り落ち着いた。以前のような焦りはなくなったから、雰囲気も柔らかくなっている。
「来月には、ティエリアくんが降りてくるらしいけど、また、三蔵さんは寂しいね? 」
ニールの監視がなくなったので、即座にアルコール入りのビールに入れ替えて、トダカ
も呷っている。
「けっっ、いなくてせいせいしてたぞ。」
「嘘はいけないなあ。あんた、ずーっと不機嫌だったじゃんか。」
「ハイネ、『キジも鳴かずば撃たれまい』って知ってるか? 」
「素直じゃないなあ。」
「三蔵さんは、素直に寂しいって言えない年頃なんだよ、ハイネ。からかっちゃいけない
。」
窘めているフリで、トダカもからかっているわけで、性質が悪い。ザルのクセに、酔っ
たふりだ。
「あんたこそ、寂しいだろ? 今日から、ひとりだ。」
「そうじゃないんだな、これが。今夜は、シンとレイが泊まることになってるし、明日か
らは親衛隊が来る。それからは、いつも通り、親衛隊が適当に顔を出すんで、一人になる
ほうが難しい。」
ニールの里帰りで出入り禁止になっていたから、解除されれば、また、ぞろぞろと現れ
るに違いない。ああ、そうか、と、ハイネは頷いているが、坊主のほうはスルーして女房
に、「適当に載せろ。」 と、取り皿を差し出して命じている。
「希望は? 」
もちろん、女房のほうは食べていた手を休めて、すぐに取り皿を受け取る。
「なんでもいい。」
「はい。」
適当に、野菜も肉も盛り、それを亭主に返してくる。それから、年少組のほうに置かれ
ていたタレも回してくれた。焼き肉のタレの瓶を指差して、「かけろ」 と、命じれば、
やっぱり、はいはいと女房がかけているわけで、どこの我侭小僧? と、イノブタがいた
らツッコミしてくれたことだろう。
「それから、そろそろ焼酎にする。今日は、芋で、きゅうりと炭酸だ。」
「トダカさんのは、薄くしてくださいね? 」
「わかってる。早くしろ。」
女房のほうは慣れたもので、台所へ準備に赴いてしまった。これも、ある意味、日常担
当の寺夫婦の姿だ。三蔵だけが悪いわけではない。こういうしつけをしちゃったのは、ニ
ールなのだから、どっちもどっちなのだ。
「俺、三蔵さんの生活に憧れるけど、できそうにねぇーなー。」
ハイネには、これは無理だ。10個に5個くらいなら頼めるだろうが、全部は、申し訳
ないと思う。それで、当たり前と開き直る根性はない。
「普通だろ、これぐらい。」
「いや、あんな甲斐甲斐しいのは、絶滅危惧種だと思うぜ。なあ、トダカさん。」
「ははははは・・・・ハイネは、上手い事言うねぇー。」
「てか、三蔵。ママは、すっげぇー優しいからだぞ? あんなこと、八戒に言ってみろよ
? 即座に、気功波で吹っ飛ばされるぞ。」
「だが、悟空。ママは楽しそうだ。」
「それなんだよな。うちのママ、さんぞーの世話すんの楽しいんだってさ。」
「そうじゃなきゃ、ここで居座ってないよな。」
シンとレイと悟空の話を、ニコニコと聞いて、トダカが、「あれが割れ鍋に綴じ蓋夫婦
って言うのんだよ、みんな。」 と、オチをつけていた。
作品名:こらぼでほすと 一撃7 作家名:篠義