ぐらにる 流れ ぷんぷん
微かな音が、耳に届いた。反射的に、ベッドサイドの携帯端末に手を伸ばして起き上が
る。傍らには、ぐっすりと眠っている姫がいるから、音をたてないように寝室から抜け出
した。
「私だ。・・・・・わかった。すぐに、行く。」
どうしても、仕事の都合で呼び出されることが、多々ある。せっかく、訪ねてくれた姫
には申し訳ないが、仕事だから仕方がない。帰る予定まで、後三日。できたら、ゆっくり
と過ごしたいと思っていても、夜中に呼び出される始末だ。だが、それの開発を急がせた
のは、自分で、それについての協力は一切惜しまないと、技術顧問にも宣言したのだから
、行かないわけにはいかないのも、事実だ。
「・・・ニール・・・・・」
「・・・うん・・・・わかってるから・・・・」
寝室に戻って、声をかけたら、すぐに反応があった。姫は、ブラックマーケットの関係
者だと思われるから、突然の呼び出しなんてものに拗ねたりしないし、「私と仕事、どっ
ちが大切なの? 」 なんていう愚かしい質問もしない。ただ、「いってっしゃい。」
と、ゆらゆらと手を振るぐらいだ。
「夕方には帰れると思う。」
「・・・・うん・・・・」
「どうして、きみが居てくれる至福の時間というものは、こうも邪魔されてしまうのだろ
うな? 私は、美しいきみを独占しているから、神に嫉妬でもされているのだろうか。・
・・・ニール、このまま姿を消すなんてことはしないでくれたまえ。そんなことになった
ら、私は、きみを探して地の果てまで・・・・」
切実に、勝手に帰らないでくれ、と、お願いしたつもりだったのだが、寝起きで機嫌が
悪かったらしい姫は、がばりと起き上がって、私の首に腕を巻きつけて、強引にキスを仕
掛けた。舌を絡ませるものではなくて、がぶっと、姫は私の下唇に噛み付いた。
・
もう、ほんと、頼むから、そこで恥ずかしいことを、だらだらと垂らし続けないでくれ
、と、俺は言いたくて、はっきりと覚醒した。それまでは、半分くらい眠ったままで聞い
ていたのだ。どうせ、出かけてしまうと、何時間かは帰らないグラハムだ。ゆっくりと二
度寝するつもりだった。しかし、出かけなければならないくせに、延々と、恥ずかしい台
詞を羅列されるので、さすがに腹が立ってきた。
起き上がって、その言葉を吐き続ける場所を塞いで、それから、軟らかい唇に噛み付い
た。血が出るほどではないが、それなりに痛みがあるくらいの噛み方だ。びくりと、彼の
身体は震えて、それから、ベッドに押し倒された。
「・・・・いや、ちょっと待て、おま、おまえ、仕事だろっっ。さっさと行け。」
「ニールが悪い。ニールが、私を挑発するから、私は遅刻することになるのだ。責任を取
りたまえっっ。」
「挑発じゃねぇーっての。恥ずかしい台詞で、俺の脳が溶けそうだから警告しただけだ。
・・・・え・・・いや、待てっっ。本気か? ・・・・帰ってからにしろ。」
「ダメだ。私は我慢弱いんだ。いくら姫から『お預け』などと命じられても、それには従
える道理がない。」
「このバカ犬っっ。・・・・・ヤダって・・・・」
いろんなところに、ツッコミどころがあるので、どこからツッコんでいいのか、考える
のも面倒だ。我慢弱いのは、よくわかっているから、抵抗するのは諦めた。そっと優しく
抱き締めてくる腕と体臭には、すっかり慣れた。それだけで条件反射するように、体温が
上がる俺も、大概だとは思う。
「天国まで連れて行くよ? ニール。」
「・・・・喋ってる暇があるなら、さっさと連れて行け。」
「おおせのままに。」
多少の遅刻になりそうだが、まあ、いいんだろう、と、俺も今度は、噛まないで、唇を
ぺろりと舐めてやった。
・
・
・
いつもなら、三十分もしないうちに駆けつけてくる友人は、猶に一時間半もかかって顔
を出した。それも、艶々した肌で、それはそれは上機嫌でもあった。
「すまない、ビリー。遅れてしまった。」
話には聞いていたが、本当に、お姫様がいらっしゃっているらしい。ここのところの彼
は、帰宅に命を賭けていると言っても過言ではない。そのお姫様が滞在している一週間だ
けは、何が何でも早く帰りたいとがんばっているからだ。
「いいや、こちらこそ、こんな時間に呼び出して、悪かったね、グラハム。お姫様を宥め
ていたんだろ? 」
まあ、そういうところだろうと察しはついている。こんな時間に呼び出されたら、お姫
様もご立腹されることは請け合いだ。
「はははは・・・なかなか、ご勘気が解けなくてな。」
「そうだろうね。」
この会話を当人が聞くことかできたら、誰が、そんなことしたよーーと、叫んだことだ
ろう。だが、残念ながら、常識人ではないグラハムと事情を知らないビリーでは、それは
不可能というものだ。
「夕刻には戻りたいんだが? 」
「そんなにはかからないよ。とりあえず、この数値を見てくれないか? 」
コンピューターで算出した数値というのは、あくまで、理想的な状態であることが前提
であるから、実際は、その通りにはいかない。実際に搭乗している経験者に、その辺りを
確認してもらう必要が生じる。必要なら、そのセッティングを試験してもらうこともある
。だからこそ、実際のエースパイロットの意見が必要となるのだ。
・
・
・
あのヤロー、やりたい放題にやりやがって・・・・と、悪態をつきつつ、その件のお姫
様が目覚めたのは、午後近い時刻だった。だいたい、その前に、たっぷりとフルコースを
味わっていたわけで、さらに、夜食まで、と、なると体力がある自分でも疲労するという
のだ。
・・・・体力的に負けてるな。・・・・
あれから、彼は、さっさと着替えて出勤した。わふわふと大型犬が勢い良く尻尾を振り
回しているような陽気さで、「夕刻には戻るから。」 と、楽しそうだったのが、実にム
カつく光景だった。こちらは、ベッドから見送るのが精一杯という体たらくだったからだ
。
よろよろと起き上がって、ベッドの周辺と、自分が寝ていたベッドの惨状を目にして頭
痛がした。脱ぎ散らかされたパジャマとか、ぐちゃぐちゃになっているシーツとか、慌て
ていたらしく箱から飛び出して、床に転がっている未使用のゴムとか、もう、そういうも
のが、明るい光の中に見えているのだ。
・・・・・あーもー、何やってんだか・・・・・
とりあえず、シャワーを浴びて、部屋の掃除をするか、と、立ち上がる。多少、腰はだ
るいし、ちょっと口では言えない部分が、じんじんと痛かったりするが、それは共同責任
だから文句を言うつもりはない。
・・・・けど、まあ、よく眠れるんだよな・・・・・
安眠の確保を約束されている。ここで眠る時は、ひとりでも不思議に魘されない。違う
環境にいるから、というのもあるのだろうが、魘されていたところを助けてもらった相手
だから、というのが大きいのだろう。他に、その事実を知っている人間はいない。そこま
る。傍らには、ぐっすりと眠っている姫がいるから、音をたてないように寝室から抜け出
した。
「私だ。・・・・・わかった。すぐに、行く。」
どうしても、仕事の都合で呼び出されることが、多々ある。せっかく、訪ねてくれた姫
には申し訳ないが、仕事だから仕方がない。帰る予定まで、後三日。できたら、ゆっくり
と過ごしたいと思っていても、夜中に呼び出される始末だ。だが、それの開発を急がせた
のは、自分で、それについての協力は一切惜しまないと、技術顧問にも宣言したのだから
、行かないわけにはいかないのも、事実だ。
「・・・ニール・・・・・」
「・・・うん・・・・わかってるから・・・・」
寝室に戻って、声をかけたら、すぐに反応があった。姫は、ブラックマーケットの関係
者だと思われるから、突然の呼び出しなんてものに拗ねたりしないし、「私と仕事、どっ
ちが大切なの? 」 なんていう愚かしい質問もしない。ただ、「いってっしゃい。」
と、ゆらゆらと手を振るぐらいだ。
「夕方には帰れると思う。」
「・・・・うん・・・・」
「どうして、きみが居てくれる至福の時間というものは、こうも邪魔されてしまうのだろ
うな? 私は、美しいきみを独占しているから、神に嫉妬でもされているのだろうか。・
・・・ニール、このまま姿を消すなんてことはしないでくれたまえ。そんなことになった
ら、私は、きみを探して地の果てまで・・・・」
切実に、勝手に帰らないでくれ、と、お願いしたつもりだったのだが、寝起きで機嫌が
悪かったらしい姫は、がばりと起き上がって、私の首に腕を巻きつけて、強引にキスを仕
掛けた。舌を絡ませるものではなくて、がぶっと、姫は私の下唇に噛み付いた。
・
もう、ほんと、頼むから、そこで恥ずかしいことを、だらだらと垂らし続けないでくれ
、と、俺は言いたくて、はっきりと覚醒した。それまでは、半分くらい眠ったままで聞い
ていたのだ。どうせ、出かけてしまうと、何時間かは帰らないグラハムだ。ゆっくりと二
度寝するつもりだった。しかし、出かけなければならないくせに、延々と、恥ずかしい台
詞を羅列されるので、さすがに腹が立ってきた。
起き上がって、その言葉を吐き続ける場所を塞いで、それから、軟らかい唇に噛み付い
た。血が出るほどではないが、それなりに痛みがあるくらいの噛み方だ。びくりと、彼の
身体は震えて、それから、ベッドに押し倒された。
「・・・・いや、ちょっと待て、おま、おまえ、仕事だろっっ。さっさと行け。」
「ニールが悪い。ニールが、私を挑発するから、私は遅刻することになるのだ。責任を取
りたまえっっ。」
「挑発じゃねぇーっての。恥ずかしい台詞で、俺の脳が溶けそうだから警告しただけだ。
・・・・え・・・いや、待てっっ。本気か? ・・・・帰ってからにしろ。」
「ダメだ。私は我慢弱いんだ。いくら姫から『お預け』などと命じられても、それには従
える道理がない。」
「このバカ犬っっ。・・・・・ヤダって・・・・」
いろんなところに、ツッコミどころがあるので、どこからツッコんでいいのか、考える
のも面倒だ。我慢弱いのは、よくわかっているから、抵抗するのは諦めた。そっと優しく
抱き締めてくる腕と体臭には、すっかり慣れた。それだけで条件反射するように、体温が
上がる俺も、大概だとは思う。
「天国まで連れて行くよ? ニール。」
「・・・・喋ってる暇があるなら、さっさと連れて行け。」
「おおせのままに。」
多少の遅刻になりそうだが、まあ、いいんだろう、と、俺も今度は、噛まないで、唇を
ぺろりと舐めてやった。
・
・
・
いつもなら、三十分もしないうちに駆けつけてくる友人は、猶に一時間半もかかって顔
を出した。それも、艶々した肌で、それはそれは上機嫌でもあった。
「すまない、ビリー。遅れてしまった。」
話には聞いていたが、本当に、お姫様がいらっしゃっているらしい。ここのところの彼
は、帰宅に命を賭けていると言っても過言ではない。そのお姫様が滞在している一週間だ
けは、何が何でも早く帰りたいとがんばっているからだ。
「いいや、こちらこそ、こんな時間に呼び出して、悪かったね、グラハム。お姫様を宥め
ていたんだろ? 」
まあ、そういうところだろうと察しはついている。こんな時間に呼び出されたら、お姫
様もご立腹されることは請け合いだ。
「はははは・・・なかなか、ご勘気が解けなくてな。」
「そうだろうね。」
この会話を当人が聞くことかできたら、誰が、そんなことしたよーーと、叫んだことだ
ろう。だが、残念ながら、常識人ではないグラハムと事情を知らないビリーでは、それは
不可能というものだ。
「夕刻には戻りたいんだが? 」
「そんなにはかからないよ。とりあえず、この数値を見てくれないか? 」
コンピューターで算出した数値というのは、あくまで、理想的な状態であることが前提
であるから、実際は、その通りにはいかない。実際に搭乗している経験者に、その辺りを
確認してもらう必要が生じる。必要なら、そのセッティングを試験してもらうこともある
。だからこそ、実際のエースパイロットの意見が必要となるのだ。
・
・
・
あのヤロー、やりたい放題にやりやがって・・・・と、悪態をつきつつ、その件のお姫
様が目覚めたのは、午後近い時刻だった。だいたい、その前に、たっぷりとフルコースを
味わっていたわけで、さらに、夜食まで、と、なると体力がある自分でも疲労するという
のだ。
・・・・体力的に負けてるな。・・・・
あれから、彼は、さっさと着替えて出勤した。わふわふと大型犬が勢い良く尻尾を振り
回しているような陽気さで、「夕刻には戻るから。」 と、楽しそうだったのが、実にム
カつく光景だった。こちらは、ベッドから見送るのが精一杯という体たらくだったからだ
。
よろよろと起き上がって、ベッドの周辺と、自分が寝ていたベッドの惨状を目にして頭
痛がした。脱ぎ散らかされたパジャマとか、ぐちゃぐちゃになっているシーツとか、慌て
ていたらしく箱から飛び出して、床に転がっている未使用のゴムとか、もう、そういうも
のが、明るい光の中に見えているのだ。
・・・・・あーもー、何やってんだか・・・・・
とりあえず、シャワーを浴びて、部屋の掃除をするか、と、立ち上がる。多少、腰はだ
るいし、ちょっと口では言えない部分が、じんじんと痛かったりするが、それは共同責任
だから文句を言うつもりはない。
・・・・けど、まあ、よく眠れるんだよな・・・・・
安眠の確保を約束されている。ここで眠る時は、ひとりでも不思議に魘されない。違う
環境にいるから、というのもあるのだろうが、魘されていたところを助けてもらった相手
だから、というのが大きいのだろう。他に、その事実を知っている人間はいない。そこま
作品名:ぐらにる 流れ ぷんぷん 作家名:篠義