狭い夜、広すぎる朝に(るいは智を呼ぶ、智×惠)
二人にあるのは『使うのを諦められない』能力であり、『使えば必ず誰かに影響を及ぼす』能力。惠の方がより直接的だけど、僕も同じような結果を引き寄せることはできるし、姉さんはそうしてきた。見てきた未来の中で、僕がそれを選んだこともあった。
「……君は、僕と一緒に剣を取ってくれた」
「うん。残念ながら僕はそういう奴なんだ」
「途中までは、あんなに必死で止めていたのにね」
「……僕には、惠だって希望なんだよ。希望を失う苦しさ、知ってるでしょ?」
あいにく僕たちはちっぽけで、生き汚く、おまけに生きる楽しさまで知っている。だから逃れられず、この能力を手放せない。
綺麗事など放り投げた、エゴ丸出しの二人。
「善悪も、正しさも、絶望と同じだ。希望の上に芽生え、風に揺れる」
「地面に寝っ転がる機会も減ったからね。僕たち、いつも二本足なんて小さなもので立ってる」
「ああ」
身体がさらに傾く。ゆっくりと、僕を抱きしめたままで惠が寝転ぶ。視界いっぱいの星空。とても遠く、けれど力強い。
――こんなに素晴らしい景色、呪いたくたって呪えない。
「……僕なんかの弱音を聞かされて、気分が悪くないかい?」
「ぜんぜん。むしろ特権だよね」
「そういう考え方もあるのか」
「たとえ呪いがなかったとしても、みんなにはこんな話しないでしょ」
「……そうだね、確かにこれは、智だけの特権だ」
ここではない僕――惠を選んだ僕でさえ、彼女の運命を真正面から受け止めることはできなかった。狂気の線を踏み越え、別の生き物になることでしか寄り添えなかった。秘密が明るみに出たときは、惠はあれほど焦がれた希望を捨て、自らを滅ぼした。
それは、惠と皆の断絶だ。彼女を貫く希望の重みは、夭折の運命を持たない者には計れない。僕の理解だって、近いかもしれない勘違いに過ぎないだろう。
だけど僕は彼女を呼ぶ。だから僕は彼女を呼ぶ。
生きていれば、語り合うことができるから。
「あ……」
藍色に、白が混ざり始める。
朝だ。
「……ここ、時間も動いてたんだね」
「君がそれを望んだんだろう?」
「惠もね」
「……ああ。ここは居心地がいいし、君と愛を深めることもできるけれど、切り拓けるところではないからね」
「現実だって、うまくいくものでもないけど」
「けれど、希望だよ」
「うん」
「……また、会わせてくれるかい? 智」
「もちろんだよ。昼の溜まり場に『君』を招けるその日まで、僕は絶対に諦めない」
「ならば僕も、諦めないでいよう。また忘れてしまっても、それだけは続けてしまうだろうから」
「呪われた世界だけど」
「ああ――呪われてるけれど、生きているからね」
空がどんどん白んでいく。それが現実の朝とリンクしているのを本能的に感じ取る。
「それじゃあ、またね、惠」
「おやすみ、智」
振り返って、正面から抱きついて、キスをする。
二人はそのまま、固く固くお互いを結び合って――朝へ、飛び込んでいく。
「ふみゅるる……」
朝日の差し込みは春のそれ。体内時計が季節の移り変わりをきっちり反映してくれている。目覚まし時計を見れば鳴るまであと十分。
「むー……ん」
二度寝するにも中途半端なので、ベッドから降りて大きく伸びをする。
何やらいい夢を見たような気がする。内容は思い出せないけど――思い出さなくてもいい、のかもしれない。なんとなく、その記憶は胸の奥底にそっとしまっておきたい気がした。
さっと部屋着に着替え、顔を洗う。冷たい水できゅっと気が引き締まる。お肌にはぬるま湯がいいらしいんだけど、個人的意は冷水の方が好みだ。
肌を刺激しないよう丁寧に拭いて、化粧水をつけて。いつもどおりのお手入れに、ちょっとだけ気合を入れる。特に意味はない、気分の問題。お肌の調子がいいと嬉しいし、いいことありそうな予感がしてくる。根拠を問うのはナンセンス。今日はいい日になると決めたら、いい日を引き寄せることだってできる――最近、そんな気がしてる。
姿見でちゃんと確認してから、勢い良くカーテンをオープン。日差しはまっすぐに顔を、身体を照らす。
目を開けていられないほどに眩く容赦なく、力強くて温かい――希望の朝。
「希望の朝、って、随分熱血だなぁ」
自分で思いついたフレーズに苦笑いしつつ、もう一度伸び。そのまま身体を横に曲げたり前後に曲げたり、ラジオ体操の真似事をしてみる。
気分がいいし、朝ごはんにも気合を入れてみよう。フレンチトーストとかパンケーキもありかな。気合入れるとつい作りすぎちゃうんだけど……余ったら溜まり場に持っていけばいいか。いっそ全員に行き渡るように作るのも手かもしれない。うん、そうしよう。多分、みんな喜んでくれる。
さっとエプロンをかけて、冷蔵庫や棚から材料を取り出す。自然と笑みがこぼれてくるのは、天気も上々だからかな。些細なことの積み重ねが、幸せを演出する。我ながら現金、それでもいいじゃない。
一旦深呼吸して、太陽を見上げる。
――おはよう、呪われた世界。
さあ、今日もまた、一歩目を踏み出そう――
了
作品名:狭い夜、広すぎる朝に(るいは智を呼ぶ、智×惠) 作家名:ちま