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狭い夜、広すぎる朝に(るいは智を呼ぶ、智×惠)

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 なんかものすごく恥ずかしい。星に知り合いはいないけど、その……あう。
「大丈夫。星の方だって、数えきれないほどの生命を見ているよ」
「っそ、そもそもこんな遠くにいるんだから見えてないんじゃないかなぁ」
「僕たちには見えているのに、かい?」
「うっ」
「見せつければいいじゃないか」
「趣味悪いよそれ!?」
「ダメかい?」
「……見られるのは、ダメです」
「多分、動かぬ証拠は押さえられているんじゃないかな」
「ひにゃー……」
 自分の行動を全力で取り消したくなる。もちろん僕だってバカじゃない、星に僕たちと同じような意志があるなんて欠片も思ってない。けど、誰かに、何かに見られているということが恥ずかしい。
 世界に自分たち以外の生き物がいるなんて、常識以前に当然のことだ。あまりにもありふれているから忘れてしまう。思い出せるのは、ここが夢とも現実とも違う、境目だからかもしれない。
「僕たちはいつも、無数に近い生命に囲まれて生きている。その中には僕たちを認識している生命もあれば、そうでない生命もある。だが、いずれにせよ、世界は生命で作られている。僕たちもそのひとつ」
 惠がほろほろとつぶやくのは、お芝居の台詞の様な言葉の羅列。浮世離れした表現は気取るためのものではなく、伝えるためのもの。
 揺りかごのように身体を揺らしつつ、惠は続ける。
「君と、君が招いたこの僕には、仲間のある日々の喜びが刻み込まれている。もし僕たちが孤独しか知らなかったら、空を見上げることもできなかっただろう。下を向いて歯を食いしばって、見守る光に気づけなかっただろう」
「僕は、惠が教えてくれたから」
「僕が一人であったなら、君と同じ行動をしていたよ」
「そうなの?」
「空も星も、一人で見上げるには遠すぎるんだ。手の届かない美しさは、恐れにも繋がる」
 腕に力が込められ、身体の密着度が上がる。
「ここは、君の能力が作った可能性の世界だ。だから、パーツは揃わない。もし君がみんなをここに招くなら、その中に僕はいないだろう。それが『今は』なのか『永久に』なのかは、誰にもわからない」
「永久ってことはないよ」
 根拠も何もなく、即座に否定する。
「だって、そしたらここは僕の逃げ場所になってしまう。ここは叶わぬ夢を詰め込むところじゃないんだ」
「ああ。だから、ここには無数の星がいる」
「真っ暗闇だと思ってた。僕が見てないだけなのに」
「僕らの生きる世界に、触れられる生命がいくつあるかはわからない。触れないものが大多数だろう。しかも、ごくわずかの触れた生命の中に、僕が摘んでしまうものが、踏みにじってしまうものが沢山ある、山ほど、数えるのをやめてしまうぐらいに」
 細く長いため息。惠が惠自身に抱くやりきれなさが、温度を残した小さな風になる。
「ねえ、智。どうして僕が、今まで生きてきたのだと思う?」
「……」
 その問いは、額面通りの答えを期待していない。聞いているのはシステムや能力ではなく、それを使った、選んだ理由だ。
「生きていてもいいことなんか何も無い――そう語った生命は奪われた。けれど、彼の言葉は否定されなかったよ。あの日、彼が納得するような反論は落ちていなかった。少なくとも、あの日はね」
 あの日……惠が初めて生命を手にした日。
「ひとつに見える結果は、その実、幾重にも連鎖した因果関係の織物だ。君に出会うという事象の前には、連綿と続く原因がある。それを辿りにたどっていけば、やがて原点に行きつく。愚かな小娘の選択の根拠は、とても単純だった」
 その時の彼女はどうだっただろう。親を理不尽に失い、感情を吐き出すことも許されず、見知らぬ男たちに道具として連れてこられ、奴隷の扱いを受け、早過ぎる宣告に怯え、代償のおぞましさに震え――それでも投げ出さなかった。
 惠は生きることを選んだ、それは事実だ。生かされていたのではない、生きてきた。壊れそうになりながら、狂いそうになりながら、あえて苦しみの中で踏みとどまってきた。
 普通ならできない、と思う。理性も生命も手放さず、選択を続けたのは、続けられたのは――どうして?
「僕の能力は、発動した瞬間に最強の希望を見せるんだ。同時に絶望も見せるけれど、希望の方が遥かに強大だ」
 単純で大仰な比較表現。それがかえって、彼女の想いの強さを物語る。
「それは、あまりに大きすぎて人々は振り返ることすらしない、全ての土台だ。何よりも眩く深く重く、揺るぎない、僕を捉えて離さない至高の希望。その輝きたるや、付随するあらゆる絶望を霞ませてしまうほどだ。僕はずっとそれに焦がれてきた、求め続けてきた。そして、これからも焦がれ、心を灼かれ、すがり続けるだろう」
 きつく抱きしめられる。心なしか惠の身体が震え、泣いているような息遣いになる。
 黙ってそれを受け止める。数多の生命を奪った手のぬくもりを、刻まれ続ける鼓動を受け止める。
「我に帰れば擦り切れる。我を捨てれば意味を失う。幸福など求めるべくもない、許されない。明日が良き日であるようにと願うことすら虚しかった。まともな扱いを受けないことが罪滅しにすら思えた。それでも、希望は潰えなかった、僕を捕らえて離さなかった。君には、その希望の意味がわかるかい」
「――『生きること』」
「正解だよ、智」
 肩に顎を乗せられる。すり、とほっぺたを擦り合わせる。あったかくて柔らかい。
「希望は絶望の苗床、全ての始まりだ。どれだけ絶望が生い茂っても、覆い尽くしても、失われることはない。生はそれ自体、何ものにも侵されない至高の希望なんだ。そして僕は事あるごとに地に倒れ伏し、希望の大地を感じ取ってきた。君が何度でもやり直したように、僕は何度でも立ち上がってきた。咎の鎖に締め付けられながらも、進んできた」
「惠……」
「いかなる理性も倫理も、生きるという希望には勝てない。才野原の運命に生まれた僕はそれを知ってしまった。だから、君たちに出会うまで、ここまで僕は」
 失ったものがどれだけ多くても、払う犠牲がどれほど積み重なっても、心が金切り声を上げ続けても――それでも、惠は希望に憑かれる。
 異種族を相手取るがために僕たちが忘れられる殺の事実を、惠は自らに刻み続けなければならない。『生命は平等、でも異種族は別』という人間様のご都合主義から弾きだされ、自らの行いを悔い、罪悪感に喰われ続ける。それでも翻せない、捨ててしまえない、『生きる』という希望。
 惠は、生に呪われたのだ。
 そして――その呪いこそが、僕と惠を、みんなを出会わせた。
 彼女が希望に心を奪われなければ、希望が照らす絶望の旅路を歩き出さなければ、僕らは出会えなかった。惠が諦めていたら、僕たちは何もできなかった。
 希望が、僕らを出会わせた。希望が、僕らをかき乱した。希望が、僕らの背中を押し続ける。
 全ては、生きるという呪いから始まった。
「だから僕は、こうして君に招かれることができる。君の願いと僕の願いは重なり合っている。多分、僕たちはとても良く似ているんだ。形は違えど運命を変える能力を持ち、多大な犠牲と引換えにそれを行使できるのだから」
 誰かが聞いたら怒り出しそうなことをさらっという惠。それも、ここにみんながいないから。