長い長い家路
対策会議
(これだけ、お偉いさんが集まってるのは初めて見た)
バトルフロンティアの頭と胴体に当たる指揮空母の会議室に佐官級の将校が一同に会していた。この中では早乙女アルトが一番下級に位置している。
一人だけ、スーツ姿の中年女性がいて、会議室の上座にいた。
アルトは目を凝らした。
(ウラニア・カイローア…ゼントラーディっぽい名前。情報省政務次官?)
名札からすると、生存している文官の中で最高位、ということらしい。バトルフロンティアの中では臨時大統領、ということになるだろうか。
情報省はフロンティア行政府の中で情報インフラの整備、広報を所轄する役所であり、カウンターエスピオナージュ、防諜を担当する組織でもあった。
カイローアは鋭い目付きの、いかにも切れ者といった雰囲気を帯びている。
その隣に、褐色の肌のラテンアメリカ系の男が座していた。バトルフロンティア臨時艦長のエステファン大佐だ。
他に、中佐、少佐の階級章を着けた男女が10人ほど。
バジュラ女王の緊急フォールドに巻き込まれてから、艦内時間で24時間が経過していた。
これが初の全体会合となる。
もちろん、それまでに艦内ネットワークを使った会合は頻繁に開かれていたが、カイローア政務次官との顔合わせを兼ねて会議室に集まった。
「では、第1回の全体会合を開きます」
政務次官の合図で、各部署担当者の自己紹介と状況方向が手短になされた。
ものものしい雰囲気の中、議事が進んでいったが、アルトには他人ごとのように感じられた。
(シェリル…)
最後に見たのは、ステージ上からアルトに向けて手を差し伸べた姿だ。
傍にはランカがいて、シェリルへと駆け寄っていたし、SMSマクロス・クォーターも援護してくれている。
だから、ひどい怪我は無いだろうが、死病に冒されていたシェリルは余命わずかな身で命を削って歌声にしていた。
(生きているだろうか?)
不吉な考えが浮かんできて、アルトは慌てて打ち消した。
(それなら、これを通して伝わってくるはずだ)
そっと左耳につけたフォールドクォーツのイヤリングに触れた。
想いを伝える石。
シェリルが言ったように、フォールドクォーツは歌と想いをアルトの胸へ運んでくれた。
もしシェリルの命が失われるような事があれば、この石がきっと伝えてくれる。
(だから、大丈夫)
イヤリングは“沈黙”したままだ。
エステファン大佐は、会議室が何とも妙な雰囲気になっているのに気づいた。
原因は、まだ二十歳にもなってない少尉だ。
美貌と表現するしか無い端正な横顔は無表情だったが、琥珀色の瞳に湛えられた愁いに大佐も胸の内がザワつくのを感じる。
それはカイローア政務次官も同じようだった。いつの間にかアルトの横顔から視線が離せなくなっている。
これではいかんと、大佐は、ことさら重々しい口調で命じた。
「えー、ああ、アルト少尉。報告を」
アルトは、すっと立ち上がった。その立ち姿でさえ美しい。
「アルト早乙女少尉です。所属はSMS、スカル小隊」
歌舞伎役者としてのアルトの名声を知っていた者は目を見張った。
「自分は、SMSマクロス・クォーター艦長ワイルダー大佐の指揮下で、シェリル・ノームとランカ・リーの歌声をバジュラ女王に届ける為にYF-29で飛びました。バジュラ女王とのコミュニケーションは成功しましたが、直後、緊急フォールドに巻き込まれてバトルフロンティアに収容されました」
前置きしてから、アルトはSMSが掴んだギャラクシー船団の支配者による陰謀、バトルフロンティアのハイジャック、レオン三島首席大統領補佐官の陰謀について開示した。エステファン大佐や第二艦橋の高級将校には伝達済みの内容でもある。
舞台で鍛えた声は聞き取りやすく、参加者の注意を引きつけた。
「自分からの報告は以上です」
アルトが締めくくると、カイローア政務次官が、ようやく本来の職務を思い出したように質問する。
「バ、バジュラとのコミュニケーションとは、どんなものですか?」
「説明は非常に難しいのですが…恐ろしくクリアな意味の固まりが心の中に飛び込んでくるような…そんな感じです。全てが理解できたわけではありませんが、人類が必ずしも敵ではないと伝わったと思われます」
「その結論…直感かな、信じたい」
カイローア政務次官は呟いた。
「他に何か、得られた情報はあるかね?」
エステファン大佐の質問に、アルトは慎重に答えた。
「テキストに残せたわけではないので、自分の間違いの可能性もあるのですが、バジュラ女王は本来行けない遠い場所へ飛ぶ、と言っていました」
「本来は飛べない?」
カイローア政務次官は眉間にシワを寄せた。
「通常ならバジュラ女王の持っているフォールドクォーツのエネルギーでも飛べない、そういうニュアンスで自分は受け取りました」
今回の緊急フォールドで跳躍した距離は概算で100億光年と推定されている。銀河系を遥かに飛び出し、別の銀河に居る可能性が高い。
アンドロメダ銀河でさえ銀河系から230万光年だ。
「だとしたら、どうやって?」
カイローア政務次官は答えを求めて会議室を見渡した。
機関長の笹井少佐が挙手する。ずんぐりとした固太り体形の男で、フォールド工学の専門家だ。
「発言を許可します」
「笹井少佐発言します。天文観測班との共通見解なのですが、この宙域はフォールド断層が非常に複雑に入り組んでいます。これが超距離フォールドに関係するのではないかと推測します」
「断層が?」
「これは仮説ですが」
と前置きして笹井少佐は会議卓の上に立体映像を表示させた。
複雑に絡み合ったリボン状の構造物が現れる。
「この惑星近辺のフォールド空間構造を三次元で表示しました」
通常の宇宙空間に重なるようにして存在するフォールド空間では通常の物理法則が通じない。
「この長く伸びたリボン…これは非常に強度の高いフォールド断層ですが、断層に沿うように移動すると跳躍距離が伸びる傾向が観測されました。もし、この性質が安定したものであればフォールドハイウェイとして使える可能性があります」
「アイランド1へと戻れる?」
カイローア政務官は表情を明るくした。
「可能性はあります。観測班と、より精密な観測する方向で合意したところです」
笹井少佐は報告を終えた。
「そうなると、やはり惑星の都市遺跡とフォールドハイウェイの関連が気になるな。遺跡も調査をしなければなるまい」
エステファン大佐がまとめた。