昼の呪文
「摘みたての方が美味いだろ。今がちょうど旬だし」
「君の舌がそんなに鮮度に敏感だったなんて驚きだよ」
「るせえ。お前のよりはマシなつもりだよ」
偉そうに鼻を鳴らしたあと、サンドイッチの具を指ですくって、イギリスは味見をしている。ずるい、と頬を膨らませたら、もう一度すくって、手ずから舐めさせてくれた。卵よりもマヨネーズの油っぽい味が勝っているけれども、不味くはない味だ。それよりもイギリスの指を舐めたのに、鳥に餌付けでもしている感じでちっとも意識してくれないとは何事だ。あとでリベンジだ。楽しみは夜にとって置こう。
「あーでもシチューかあ、楽しみだなあ、俺が火の番してれば焦げないし、実に楽しみだよ。お気に入りのメニューだしね」
「そんなにシチューが好きだったか?」
具を挟んだパンを上から両手で押さえながら、実に意外そうな表情を浮かべている。
「うん、好き!」
好きなところ。アメリカの態度ひとつで顔色がころころと変わるところ。
「あーもう分かったよ、ローストチキンに、シチューな、クリームたっぷりの」
栄養が、カロリーが、脂肪酸が、コレステロールが、と、アメリカの体を心配しつつも、何だかんだで甘いところ。
「だって好きなんだぞ!」
「……」
特徴のある眉毛を潜めて、好き、の言葉が自分にはまるで関係ないと頑なに信じきっているところ。
「好きなんだってば」
君を。こっそり混ぜたのに、イギリスが気づく気配はない。
「あー、分かった分かった、シチューにはお前の好きなクリームたっぷり入れてやるかんな」
「好きだよ」
聞こえている割に反応が鈍く、照れてくれるどころか、いつも通りのしかめっ面をしている。
いつかイギリスがこの言葉に慣れますように。受け取って当然だと思える日が来ますように。また嘘をついていると勘ぐりませんように。勝手に深読みして裏があると怯えませんように。願いは自力で叶えてこそだとアメリカも分かっているけれども、それでも今まで少しづつ積みあげてきたものが自分の些細な言葉や態度で再び無に帰してしまわないかどうか、内心冷や冷やしているのだ。
なにしろ相手はイギリスだ。意地は悪いし、発想は陰気臭くて後ろ向きだし、頭は回るけれども予想外の方向へとひとりで空回る。おまけに嘘つきだ。自分が嘘つきだと他人も嘘つきだと頭から信じているらしく、アメリカなんてまったく信用してくれない。
だからいつも祈るように言い続けている。
はあ、と大げさに耳を塞ぐ素振りをして、イギリスがうるさそうに口を尖らせた。
「うるせーよ、ちゃんと聞こえてるよ」
いつか、そのままの意味で伝わりますように。真っ直ぐに彼まで届きますように。何度も何度も。呪文は声に、想いは空気を震わせ、やがて魔法のように不安を溶かして、彼をやさしく包んでくれると信じて。
「うん、好きなんだぞ!」
-fin-