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立ち竦む恩寵

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「無駄な事をしよるわ」
 ヒヒ、と引き攣るような笑みを添えた声が告げた。
 誰に伝えようというわけでもない、独り言に近い響きをしたそれは間違いなく家康へと向けられていた。振り向きもせず去っていく三成の痩せた背中を見つめていた家康は、ようやくそこから視線を引き剥がして少し離れた場所に漂う男へと顔を向けた。
 だが、全身を包帯で覆い、輿に座した異形の男は家康に視線を返すことなく前を見つめている。その眼にもまた、頑なな三成の後ろ姿が映っているはずだった。


 同じ豊臣の旗の下にありながら、徳川家康と石田三成は事あるごとに衝突した。信奉に近い忠誠を理由に他者に対して何ら容赦をしない三成の姿勢を家康が諌め、それを惰弱と断ずる三成が家康へと牙を剥く。幾度目か数えきれないほどに繰り返しながら互いに譲ることもせず、結果として今日もまた同じ事が起こる。
「貴様らに生きる価値はない。首筋を晒せ、この場で刎ねる……!」
 つい先程、三成が傍を通り掛かったとは知らずに戦場への怯えを漏らした兵士へ向けて、三成は冷やかにそう告げた。唐突にわが身へ降ってきた恐怖と衝撃に、その場にいた数人の兵は喉の奥に悲鳴を張りつかせたまま硬直してしまった。些細な理由――三成にとっては決してそうではあるまいが、少なくとも家康には人ひとりの命を以って贖うべきとは到底思えない理由で、三成は容易く存在の否定を口にする。断罪の宣告が口先だけではないと、豊臣軍の兵であれば誰もが知っていた。
 その場に居合わせた家康は慌てて三成の腕を掴んで抜刀を止めながら、とりなすように視線で行け、と促した。その目配せで息を吹き返した兵たちは、ぎこちなく一礼した後我先にとその場を逃げ出した。
 腕を掴まれた三成は忌々しげに去っていく後ろ姿を睨み、「消えろ、どこかで野垂れ死ね!」と吐き捨てた。そして腕を振るって家康の手を引き剥がし、鋭い目線を家康へと移す。
 家康は自らが傷ついたような声音で言った。
「そんなことを、平気な顔で言うなよ。三成……」
「黙れ家康。貴様が代わりに切り刻まれたいか……!」
 三成は怒りを収めない。家康はますます口調を苦くした。
「そんな言い方を続けていては、人に誤解されるだけだ」
「……誤解だと」
 三成は撥ねつける声音で言う。
「私は秀吉様を侮辱する者を許さない、秀吉様の軍を貶める懦弱も暗愚も許さない。……それを庇う者も許さない!」
 そして光る眼が家康を睨みつける。
「刻まれたいのかと、訊いている、家康……!」
 誤解などではなく本気なのだと、そう告げる眼を見て家康が覚えるのは恐怖ではない。姿勢を落とし衝動のままに刀の柄に手をかけた、その何もかもを即座に斬り捨てようとする姿。
「お前はそうやってずっと―――」
 家康が思わず悲痛な色を込めた声をあげた途端、三成、と掠れた声が後ろから飛んだ。


 その場へ現れた男――大谷が張り詰めた場を収束させることもまた、これまでに幾度もあることではあった。三成のいつ何が引き金となって激昂するかわからない苛烈な気性は時に自軍内ですら敬遠されたが、この男はそれすらも面白がるような様子で嗤い、詩を吟ずるような口調で三成の怒りを煙に巻いて収めてみせる。今日も最終的に三成は刀を抜くことはせず、ただ最後に家康を睨みつけて去っていった。
 家康は大谷の手腕に感心すると同時に、自分が憂いを持ち続けることに変わりはないと気付いていた。大谷はその場で三成の気を逸らすだけであり、家康と三成の口論は中途半端に宙を漂い、結局何も変わらないまま同じことが繰り返されるからだ。家康が三成へ伝えたいと願うものを、大谷は柔らかに遮断しているとも言えた。
 そして大谷が三成へ向ける眼にはどこか、何を与えるでもなくただ観察だけをしているような一歩引いた冷やかさがあり、三成にも確かな絆があるのだと家康を安心させはしなかった。

作品名:立ち竦む恩寵 作家名:karo