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立ち竦む恩寵

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「あれにそう構うてもな、無駄よ。ムダ。何の益にもなりはせぬ」
 こちらに顔を向けないまま淡々とした声が重ねて告げるのに、家康はあえてゆっくりと口を開く。
「……刑部。ワシは、益を求めて三成に声をかけているわけでは」
「だが期待はしていよう」
 喉を震わせる小刻みな笑みと共に、大谷は家康の言葉に被せた。
「あれがもう少しばかり周囲に対して柔ければ。他人の心を解せば。己の心が昂るに任せるでなく抑えることができれば――よりヨキことが起ころうと、な」
 言い終えた瞬間に、大谷は芝居染みた仕草で緩く首を振った。
「まさかまさか。あの男にそんなことができるものか。あまり余計なことを言うてもな、余分なものを詰め込めばあれはますます歪むだけよ」
「……そうだろうか」
 投げかける形の語尾をとっていながら、家康はそんなはずがないという強い眼で大谷を見ていた。
 もう少し。少しだけでいい。
 あの絶対者たる二人だけではなく周囲に視線を投げかけて、そこにある違う顔を持つ人々に、鮮やかに映りゆく景色に少しでも心を寄せられたならばきっと。家康の思い描く情景を嘲笑うように、男が続ける。
「人の心を読み解けば自身もまたそれを抱えようなァ。嫉みそねみ欺瞞虚栄虚飾――他を必要以上に貶め自らを過分に慈しむ、人とはそれを基盤に生きるモノよ。黒々とした感情より生まれいずるものの多きこと……それを、進んで呑めと言うか。ぬしもなかなか酷な男」
 それを巧みに扱うことをこそ得意とする大谷に対し、家康は視線を厳しくした。だが言葉だけは辛抱強く、語りかけるように言う。
「刑部、……その考えはあまりに偏っている」
「間違っていると言わぬあたりがぬしの小癪なところよな」
 対して大谷は気分を害した様子もなく嗤った。
 盲目に清さばかりを追うならば侮ってもいられるのだがなぁ。大谷が零した言葉には、あえて滲ませる程度の警戒が添えられていた。それを受けて家康は参ったなというように苦笑を零してみせたが、大谷はその素振りに見向きもせずに言う。
「だがあの男はそれを理解できぬのよ。……仮に理解してしまえばもはや己を保つこともできまい」
 小馬鹿にしたような声色だった。他者の心を容易く掴み、さらにその深淵へと手を這わせる謀将にとっては、三成のあまりに何も隠さない姿は愚直で厭わしいものに映るのかもしれない。そう捉えた家康は隣の男へやや咎める視線を向けてしまう。理解できるはずもない、だから三成に他者の心を理解させようなどと無意味でありどうでもいい。そうと言いたげな語調に、家康はつい口を挟んだ。
「だが、それでは三成はいつまでもあんな風に……あまりに己を貫きすぎて、知らぬ間に周囲を無暗に傷つけ、誰かと認め合うことすらできずに」
「折れることも曲がることも知らぬままただひとつを追うて進む―――それはぬしには悪しきことか?」
 言い終わらぬうちに問われて、家康は思わず言葉を切った。
 告げられた言葉が家康の予測に反し、三成の在り方を認めているように思えたこと。それにもまして、その声音が珍しくも澄んだ音をしていたことに虚を衝かれた。
 だが家康の動揺にも構わず、答えを求めない様子の大谷は「そうであろうな」と自分でそれを肯定した。
「到底、人がとり得る姿ではない。清澄が過ぎればそれもまたイビツよ、歪。……だが、そう、なればやはりあれは人とは遠きものよ……」
 会話の始まりと同じく独り言のように囁いた男の視界からは、あの背中はとうに消えているはずだ。だが大谷は三成が去った方向へ視線を向けたまま動かない。
 眼の端に滲むそれは憐憫か、あるいは羨望か。それとも、どちらとも違う何か。
 この男が三成に向けるものが、冷えた観察だけではなかったと知り、家康は密かに驚いた。


作品名:立ち竦む恩寵 作家名:karo