こらぼでほすと 一撃9
「本日は、父の日です。私のママはニールですから、その夫の三蔵さんは、私のパパにな
ります。それで、感謝の言葉と花を、お届けに参りました。」
ぶーーーっっと派手に、咥えていたたばこを飛ばして、坊主は歌姫を見上げる。ニコニ
コと微笑んでいる歌姫は、普通の表情だ。
「特区では黄色のバラが定番ですが、特注で三蔵さんに相応しいものを用意してみました
。」
「それ、なんの花? 」
「バラですのよ、悟空。ですが、普通のバラでは面白みがございませんので、レインボー
ローズに金粉を散りばめていただきました。」
七色のはっきりした色合いのバラは、凄まじい破壊力だ。それも、ひとつの花がひとつ
の色ではなくて、ひとつの花びらがひとつの色に染まっているバラなのだ。さらに、ゴー
ジャスに金粉が輝いている。
立ち上がって、悟空も、その花束に近寄る。ひとつひとつの花びらが、違った色をして
いる。それも、歌姫の両腕で抱えるほどの大きな花束が、全部、その花なのだ。
「これ、自然に、こうなってんの? 」
「いいえ、白いパラを特殊な染料で染めてあります。ですが、色落ちはしないで枯れるま
で、このままなんです。花言葉は、『奇跡』。三蔵さんが私のママを娶ったことは、まさ
に、その通りだと思いまして。」
「あーそうかもしんない。さんぞーに、ママは奇跡の組み合わせだよな。」
うんうんと、他の二人も無言で頷いている。このマイノリティー驀進の坊主に、世話好
きの女房という組み合わせは、まさに奇跡だろう。
「三蔵さん、どうぞ、貰ってくださいな。」
「俺は、おまえみたいな娘を持った覚えはねぇーぞ。」
「なくても、事実です。」
桃色子猫は、まあ、娘と言われても、そうだな、と、素直に頷ける。だが、暗黒妖怪な
んて、肯定したくない。
「帰れ。」
「では、私のママを大切にしてくださっている感謝の贈り物ということでは、いかがでし
ょう? 」
「女房のところへ飾れ。」
「ティエリアが用意して、ママのところに飾っております。」
これよりも上品な色合いのものですが、と、歌姫は付け足した。確かに、これは病人の
ところに飾るには強烈だろう。
「俺は、紫子猫から受け取ったぞ。」
「はい、ママとティエリアの分ですね、それは。こちらは、私くしからです。」
居間の隅に、ガラスの花瓶に飾られた紫とオレンジのバラがある。こちらには、花瓶が
ないと思いまして、と、花瓶も用意してあるのが、さすが、歌姫様だろう。
「三蔵、受け取らないとラクス様は、お帰りになれないんだけどさ? 」
その花瓶を手にしているヒルダが、「早く引き取らせたかったら受け取れ。」 と、視
線で言ってくる。
「諦めろよ、三蔵。」
「そうそう、ここは素直に受け取れ。」
ヘルベルトとマーズも、「さっさと帰らせろ。」オーラを出している。なんで、俺が、
と、坊主も渋々と手を差し出した。あんまり長いこと、顔を合わせていたくないからだ。
「ありがとうございます。」
「さっさと帰れ。」
七色のバラの花束と坊主の組み合わせも、奇跡だ。とても似合わないこと、この上もな
い。
「よくお似合いですわ。写メして、ママにもお見せいたしますわね。」
コロコロと笑いつつ、歌姫様は携帯端末で、それを写し、ごきげんよう、と、引き上げ
た。
「悪いけど、八戒、後は任せたよ? 」
花瓶は、八戒に手渡され、ヒルダも後を追い駆ける。ヘルベルトとマーズは、その光景
にぶぶっと噴出して、逃亡した。
「うわぁー花と坊主って・・・・シュールな絵柄だなあ。」
「三蔵、僕も写メしていいですか? 」 と、言いつつ、すでに八戒も携帯端末で撮影し
ている。何かの軽い嫌がらせなんだろう、というのは、一同わかる。そうでないと、わざ
わざ、ぎりぎりとはいえ、その日に、これを運んでくる意味がわからない。
「ママの独占じゃね? 」
「あーそうかもしれませんね。オーナーは、ここんところ忙しかったから、その腹いせも
あるんでしょうね。」
「しかし、これ、手間がかかってるなあ。さすが、オーナー。」
花自体は綺麗だし珍しい。だが、手にしているのが、それと、およそ似合わない金髪の
坊主だ。しばらく、じっと固まっていた坊主は、それを悟空に投げつけると、けっっと舌
打ちしてタバコに火をつけた。さっきの吹き飛ばしたタバコは、すでに火が消えて卓袱台
の上にある。
「とんだ水入りです。お開きにしましょう。」
「ああ、俺らも帰るか。」
花束は、花瓶に生けて、沙・猪家夫夫も逃亡した。あの写メで、しばらくは笑いに事欠
かないだろうなーと悟空も玄関まで見送って、戸締りした。
「さんぞー、今日はシャワーでいいよな? 」
「おう、先に入れ。」
マージャン牌を片付けて、悟空も風呂に向う。飲み散らかしているのは、明日でいいだ
ろう。
残った坊主は、部屋の隅に鎮座しているバラを眺めて、すぱーっと煙を吐き出した。あ
れは、嫌がらせではない。たぶん、やってみたかったのだろう、と、推測している。その
証拠というかなんていうか、七色のバラの中に、いくつかの濃緑だけのバラが配置されて
いる。それにだけ金粉もかけられていないので、そこだけが沈んだように見えるのだ。こ
れだけの手間をかけて嫌がらせするほど、歌姫も暇ではない。何年か前まで実父が生きて
いた時は、やっていたイベントをやりたくになって、その標的をママの亭主にしたに違い
ない。
「あいつも寂しいんだな。」
世間一般でなら、誰もがやっているイベントは、相手が必要なものだ。その相手がない
から代役を立てた。たぶん、そういうものなんだろう。
「だからといって、娘はねぇーぞ、暗黒妖怪。」
ぼそっと呟いて、残っていた酒を一気に飲み干した。
作品名:こらぼでほすと 一撃9 作家名:篠義