紅い桜
(あれ、ここ・・・どこだろう・・・?)
暗闇の中辺りを見渡してみると、帝人はどこか見覚えのある場所に立っていた。
(えっと?あれ?僕、部屋でうたた寝してたはずなんだけどなぁ・・・・)
いったいいつ夜になったのか、どうして自分は外に突っ立っているのか分からない。
帝人は小首を傾げていると、突如後ろから視界に紅いものがひらりと掠める。
それが紅い花弁だと反射的に頭のどこかが理解し、瞠目しながら勢いよく振り返った。
「ぁっ」
小さな呟きは感嘆の声。開いた口がふさがらなかった。
目の前に広がるのはあの深紅の桜。真っ赤な花弁が幾つも、幾重にも重なり、交差し、降り注ぐ。
圧倒的なその美しさに、帝人は呆けたようにそこに立ちつくしていた。
「漸く来た」
「え!?」
そこには自分しか居ないと思っていたから、突然聞こえてきた男の声に帝人は肩を振るわした。
左右を見渡してみるが、声の持ち主は見あたらない。急に、帝人の中に恐怖が生まれる。紅い桜が怖くなった。
一歩後ろへと下がる。桜の花びらが圧倒的な恐怖を更に加速させているかのように感じた。
「どうして逃げるの?」
「ひっ」
帝人は踵を返して走ろうとしたその時、顔面から何かにぶつかってしまう。
痛む鼻先を指でさすりながら生理的に滲む涙目で見上げてみると、そこには今の今まで居なかったはずの自分以外の人間が立っていた。
漆黒の闇を表したその出で立ちに帝人は恐怖と驚愕で目を見開く。全身が黒い衣服で髪色も黒だからだろうか、やけに男の紅い瞳が目に焼き付く。
「酷いなぁ。折角君を生かしてあげていたのに。約束の時を過ぎても生かしてあげておいたのに。
漸く会いに来てくれたかと思ったら逃げるんだもの。幾ら俺でも怒るよ?帝人君」
「っ、どうして僕の名前・・・っ」
「どうして?変なことを聞くんだねぇ。子供の頃自分から名乗ってくれたじゃない。
俺も名乗ったよ。覚えてない?」
男は紅い瞳を細めると、帝人の細い腕を掴み腰に手を回してきた。一気に縮まるその距離に帝人は喉が潰れたような悲鳴を上げる。
「俺は臨也。臨也だよ。竜ヶ峰帝人君。君がこの桜に願ったときに出会っているだろう?」
「桜・・・願い・・・?」
「そう。その対価として君の二十歳からの人生を俺にくれるって契約したよね。だからもらうよこれからの人生を」
帝人の顔面から血の気が引き、蒼白となる。唇がわなわなと震えだし、喉が引きつって叫びさえ上げられない。
臨也はそんな子ウサギのように震える帝人の顔に、唇に段々と近づいていった。
吐息がかかる、唇がギリギリ触れないかの距離で一旦止まると、紅い瞳で帝人を射抜く。
「もう、逃がさないからね。俺の新しい玩具」
底光りする紅い紅い深紅の瞳。荒れ狂う風が吹き、桜の花弁を舞い上がらせた。