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紅い桜

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この村を出ていく年月。子供が大人になる年月は瞬く間で。

(この村をまた訪れることになるなんてなぁ)

桜がとても有名な村だ。あり得ないと言われるだろうが、この村は一年中満開の桜が咲いている。
冬にも薄桃色の花弁が雪と共に散って、それはそれは幻想的な風景となる。

(開発事業部が僕をよこした理由は分かるんだけど、ここの村って閉鎖的なんだよね)

子供の頃に住んでいた場所だからよく分かる。村の入り口に悠然と咲き誇る一本の桜の幹に手を当てながら、そっと額を幹に預けた。

「帝人せんぱーい!」

けれど、すぐに自分の名前を呼ぶ後輩の方に顔を上げて苦笑する。

「青葉君。どうだった?やっぱり無理そう?」

「それがですねぇ。まぁ、何とかこの村出身の帝人先輩が先頭指揮を取るのならってことで了承をもらってきましたよ」

「あぁ、うん。やっぱりね」

「上の連中、だから帝人先輩をこっちによこしたんですかね」

「そうだろうね。こういう村って外の人嫌うから」

帝人は苦笑しながら青葉と共に村はずれにある民宿へと歩いていった。

「ここ、でも凄いですねぇ。毎年毎年こんな桜が凄いんですか?」

「一年中こんなんだよ。だから上層部はここにホテルを建てたいんだろうねぇ」

「へぇ・・・」

青葉はキョロキョロと辺りを見渡していて、何かを探しているかのようだった。
帝人はそんな青葉を気にかけつつ、民宿の扉を開ける。

「すみません、帝人先輩」

「ん?なに?」

2人は割り振りられた部屋の居間で、机を境に対峙するように座った。青葉はお茶を入れ、帝人に湯飲みを差し出す。
桜のお茶らしく、ほのかに桜の香りが鼻孔を刺激し、部屋にいながら桜の下にいるかのような気分を味わう。

「この辺りに深紅の桜があるって聞いたんですけど、本当なんですか?」

「村の人が言っていたのそれ?」

「はい!何でも対価を差し出せば願いを叶えてくれるって言う・・・。僕見てみたいなぁって思って」

帝人は青葉の好奇心に満ちた瞳に苦笑しながら、湯飲みを置いていつも持ち歩いているメモ用紙とペンを取り出した。

「まぁ、簡単に書いてあげるよ。それに殆ど一本道だから子供でもいけるしね」

「へぇ、そうなんですか」

「青葉君って紅い桜見たこと無いの?」

「赤に近い色の桜なら何度か。でも、深紅。しかも血のように真っ赤な桜は無いですよ!これ、観光の目玉になると思うんです!」

帝人は地図を書いていた手を一瞬止めて、青葉を見つめた。

「青葉君、それはきっと出来ないよ」

「え?どうしてですか?」

「村の人達にとってあの桜は神様と同じなんだ。きっと、すごい反発を喰らうよ」

「帝人先輩でも、だめですかね?」

「うん、この村の人達に取って桜は神聖な物で・・・あの深紅の桜はその象徴みたいな物なんだ。
 折角まとまりかけたこの事業が水の泡になりかねないよ」

「う~ん・・・それは困りますねぇ」

「だから見に行くだけにしておいてね」

「あはは~はーい」

帝人は青葉が口先だけで、きっと上層部の連中に告げ口するだろうと言うことは分かっていた。
それでも言っておくのとおかないのでは大分違うはずだ。

(村の人達が暴動を起こすかもしれないのになぁ・・・)

青葉に深紅の桜を話したのはきっと村の若い連中だろう。年若い者達はこの村が活気づいてくれることを願っている。
過疎化が進み、どんどん若い者達が出て行ってしまう中でどうにか繋ぎ止めておきたいという気持ちは分かる。
帝人が心配しているのは、昔からこの土地に住んでいる者達のことだ。

(何にもないと良いなぁ・・・)

帝人は簡単な地図を書き終えると、メモ帳から破り青葉に渡した。
青葉はその紙を受け取ると、すぐに立ち上がり見てきますと言いながら部屋を飛び出していってしまう。

「んーっ!」

帝人は背伸びをして畳の上に横たわった。木の文様が見える天井を見つめながら、ごろり寝が入りを打つ。
すると視界に桜の花びらが掠めた。窓から入ってきたのだろう。

(懐かしいなぁ・・・昔はよく窓から入ってくる桜の花びらを数えていたっけ・・・)

幼い頃、とても病弱であまり外に出られなかった頃。そうやって寝ている間時間をつぶしていた。

(あ、今ので9枚目・・・)

そして気が付いたら子供の時と同じように桜の花びらの数を数えていた。
小さく帝人は笑う。いつの間にか眠気が帝人を襲い始めていて、ウトウトと瞼が下がってくる。

(少しだけなら良いかな・・・青葉君、帰ってきたら起こしてくれるだろ・・・)

帝人はそのまま睡魔に抗うことなく、その蒼い瞳を瞼の裏に隠した。


作品名:紅い桜 作家名:霜月(しー)