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君に届け!

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1.


 
 
B組の紀田正臣が、放課後A組に飛び込んでくるのは毎日の恒例行事だ。だから、勢いよく飛び込んできた正臣が帝人に抱きついても、その勢いで倒れそうになった帝人が盛大に文句を言っても、クラスメイトは気に留めないし止めようともしない。
1人、杏里だけは未だに慣れないのか時折り2人の言い合いに戸惑う素振りを見せるが、そもそも今日はその姿がなかった。昼休み、一緒に屋上で食事していた時には放課後用事があるようなことは言ってなかったと思うが、机にもロッカーにも鞄がない。
「あれ? 杏里はどこ行ったんだ?」
「矢霧くんへのプレゼント買いに行くって、張間さんに引っ張ってかれたよ」
「えー!! なんでこの俺を誘わないんだ…!」
「鬱陶しいからじゃない?」
軽いいなしに泣き真似を見せるが、当然ながら帝人に動じる様子はない。可愛くねぇなぁと呟いて、正臣はがしっと帝人の肩を掴んだ。
「よし、今日は男同士って事だな! 杏里の前じゃ言えないあれやこれを、優しくて気の利くこの紀田正臣様が、ばっちり相談に乗ってやるからな!」
「相談した覚えもないし、そもそも言えないようなことなんてないから」
「嘘つけ。お前、最近なんか悩んでるだろ」
「……」
ここ最近、正確にはひと月ほど前から、帝人はしょっちゅう溜め息を溢している。と言ってもそれ以外は普段とあまり変わらないので、杏里は気づいていないようだ。帝人も、心配をかけないよう杏里の前ではことさらいつも通りに振る舞っているようだが、付き合いの長い正臣の目は誤魔化せない。
それでも、帝人は悩みごとを他人に話すのを嫌うタイプだから、しばらくは待った。大抵の問題を帝人は1人で、自分自身で解決してしまう。が、2週間が過ぎてもまだ溜め息の数が減らないとなると、おそらくそれは帝人の苦手分野に位置するのだろう。となれば当然、正臣の出番ということになる。
「言わないってんなら、このまま静雄さんちまで押し掛けるからな」
今日は金曜日で週末で、帝人はこのあと平和島静雄と待ち合わせて一緒に外食する予定らしい。週末のお泊まりはもはや恒例行事と化しているが、不思議なことに、心底不思議なことにこの2人は付き合ってはいないという。
相手が喧嘩人形と揶揄されるアレであったとしても、まあ帝人自身がそれでいいというのなら正臣は2人の交際を応援しただろう。だが、帝人はそういう関係ではないと言い張っている。8つも年上の相手に合鍵を貰って、一緒に食事して風呂に入って、夜寝る時はベッドをシェアして、噛みついたりじゃれ合ったりして、ベタベタベタベタベタベタベタベタしているくせに、「いい友達だ」などとわけのわからないことを言う。
否、『言っていた』、のだが。
「僕って、静雄さんのこと好きなのかなぁ?」
「……………は?」
一瞬、正臣は自分の聞いた言葉が理解できなくて小さく首を傾げた。意味を吟味して、それを言ったのが目の前にいる親友だと確認してやっと、目を丸くする。
なんというか、時々とてつもない天然ぶりを発揮することのある幼馴染みだが、今度はまた、というかいまさら、いったいなにを言い出したのか。
まじまじとその顔を見つめると、真っ直ぐな視線に帝人は勘違いしたらしい。慌てて、正臣からすれば意味のない、全く意味のない弁解を始めた。
「そ、そうだよね…、静雄さんも僕も男だし。そんなのおかしいよね、けど、」
「いや、そこはどうでもいい。心底どうでもいい」
「どうでもいい!? 酷いよ、人が真剣に悩んでるのに…!」
「酷いのはお前の鈍さ加減だろ。今頃なにすっとぼけたこと言ってんだ」
「にぶ、…って、なにそれ?」
きょとんと大きな目が丸くなるのに、思わず派手な溜息が洩れた。親友がこと恋愛関係に疎いことはそれはもう嫌というほど知っていたが、ここにきて嫌というほど実感させられる羽目になった自分は不幸だと思う。このにぶちんが気付かない限り、このまま先には進まない。せめて自分が傍に入れる間に、卒業してそれぞれの道を進むようになるまでにはちゃんとくっついて欲しいと、―――そう思っていたのに、まさか本気で無自覚だったとは。
「「かなぁ」じゃなくてそうなんだよ。お前は静雄さんが好きなの、恋愛的な意味で!」
きっぱり断言してやると、今度はその顔が困惑げな表情を作った。なんで正臣にわかるのさ、と言いたい顔だ、これは。
「毎週末お泊まりして、一緒に風呂入って一緒に寝てって、男同士ではしないだろ、普通」
「同性だから普通なんじゃないか。今時混浴なんて滅多に見ないし、正臣とだって雑魚寝したことぐらいあるだろ」
「うち来たって、風呂は別々に入るだろ」
「理由がないし。ものすごく急いでるとか沸かすのが勿体ないとか、そういうことなら別に一緒でも気にしないけど」
「いやそれは、……」
そういやこいつ銭湯通いだっけ、と思い出す。他人の前で裸になることに耐性があるのだ。
帝人とは、何度も互いの家に泊まったり泊めたりしたことがある。どちらも一人暮らし、予備の布団など当然あるはずもないから毛布を借りてその辺で寝たり適当に雑魚寝、なんてのも、もちろんある。
あるが、正臣が帝人と雑魚寝するのと、静雄が帝人を抱えて寝るのは全然意味が違うのだ。が、それをどう説明すれば、この恋愛音痴に伝わるのかが思いつかない。
「でもお前、俺に噛みついたり舐めたりはしないだろ?」
「しない、…けど。でも静雄さんてちょっと獣っぽいとこあるから、正臣が抱きついたり乗っかったりするのと同じ感覚なんじゃないのかな」
「いやいやいやいや」
違うと思う。違うと思う。何度だって言う。絶対違う。
というか『獣のスキンシップ』って、いったいこいつは『自動喧嘩人形』をなんだと思ってるんだろう。そういや以前「大きい犬を飼いたい」とか言っていたけれど、まさかペットのポジションなんだろうか。
思わず怖い方向に考えが行って、正臣はぶんぶんと首を振った。いやいやいやいや、いや、まさか。
 
 
 
 
作品名:君に届け! 作家名:坊。