君に届け!
「ていうかさ、なんでそんなこと言い出したんだ?」
日頃散々気を揉まされている身としては、この際きちんと自覚を持って進展してくれればいいと常々思っている。相手に不満がない訳じゃないが帝人の口から聞く限りでは案外根はお人好しのようだし、正直、幼稚園児のお遊戯のような関係にやきもきするのに疲れてもいた。
むしろとっととくっつけよと言いたいのだが、最後まで面倒をてやらないと、帝人の場合思考が空回りして明後日の方向に飛んで行ってしまう可能性が高い。親友として、経験者として、ここは手を貸すべきだろう。
「その、…僕もちょっとスキンシップにしては過剰かな、って思ってて」
「うん」
「舐められるのも齧られるのもされるのも嫌じゃないし、それって、ひょっとしてそういう意味で好きだからなのかなって思ったんだよね。でも、別にドキドキしたり不安になったり、そういうのはないし」
「あー…、なるほど」
帝人にとっての『恋愛』は、情緒不安定になって、感情を制御出来ないものだというイメージなのだろう。だから、あれだけのべつまくなしイチャついておきながら静雄に対する感情は『家族のようなもの』なのか、とちょっとだけ納得がいった。
「そりゃそういう恋愛もあるけどさ、映画や小説じゃないんだから、穏やかな恋愛だってあるだろ」
「穏やかな恋愛? 想像つかないけど…」
「長い間友達だったのがそのまま、ってのもあるし、家族みたいに付き合ってたけど、ってのもあるし」
「家族みたい、……」
『家族』を強調したのは、もちろんワザとだ。
だいたい、大人しそうに見えてプライドの高い帝人は、家族にだって甘えを見せない。正臣にしたって、子供の頃からの付き合いの長さに胡坐をかいている訳ではない。嫌な顔をされても一歩引かれても、知らん顔して踏みこんでいけるだけの強引さと根気強さでもってやっと、親友の座に着いたのだ。その辺を自覚して、静雄の存在が特別なのだといい加減気付いて貰いたい。
「そういうのってさ、きっと『恋』じゃなくて『愛』なんだよな。恋愛ってさ、相手とまだ信頼関係築けてないじゃん? だから自分がどう思われてるかが気になって、ドキドキしたり不安になったりするんだよ」
「うん…」
「けど、友達とか家族って、信頼関係があってそこに愛情があるじゃん。だから、それがどの方向を向くかでいきなり『愛』から始まる恋愛があったって、それってアリなんじゃねぇの?」
「…正臣が、珍しくまともなこと言ってる…!!」
「え、ちょっと、感心するとこそこ!?」
「そっか、信頼関係か…」
「おまけにスルー?」
酷い。相変わらず酷い。いつもながら正臣には容赦のない帝人だが、それもまあ信頼関係のなせるワザではあるのだろう。基本帝人は人見知りで、顔見知り程度の人間にはいつまでも礼儀を崩せない堅物なのだから。
となると、正臣もまたここで容赦してやるわけにはいかなかった。追求すべきところは追及してやるのが、親友としての役割だ。
「で? 流れを切りたくなかったからさっきは一応スルーしたけどさ、『舐められるのも齧られるのもされるのも』って、お前いったいなに『された』んだ?」
詰問口調を取ってはいるが、正直なところ予想はついていた。親友のイロゴトなんて聞きたいとは思わないが、さすがにここは捨ててはおけない。
果たして帝人は頬を薄く染め、落ち着かない素振りでそわそわと視線をさまよわせ始めた。
「ん?」
促すように笑顔を向けると、嫌そうな顔で帝人は正臣を睨めつける。
が、誤魔化せないと観念したのだろう。露骨に視線をそらしたまま、ぼそぼそと説明を始めた。
「この間、狩沢さんたちとカラオケ行ったよね」
「行ったつーか連れ込まれたっつーか、お前が酔っぱらった、あれだよな?」
「酔ってはいないけど、飲まされました。で、門田さんと静雄さんが、あとで合流したよね」
「ああ、…あっちはあっちで飲んでたんだっけ? で、門田さんが遊馬崎さんら連れてってくれて、お前は静雄さんに着いてって、俺は一人淋しく帰った、っと」
その日は金曜日で、学校帰りで、もともと帝人はそのまま静雄の家に泊まる予定だった。だから特に気にもしなかったのだ。
―――が。
「まさか、酔っぱらった勢いとか?」
「その辺は、実はあんまり覚えてないんだよね…」
正臣から見て、帝人は『酔っぱらっている』という感じには見えなかった。酔わせたことがなかったので比較のしようがないのだが、精々ほろ酔いというか、いつもよりちょっと上機嫌という程度だったように思う。
そして静雄は、全くの素面に見えた。むしろ門田の方が少し呂律があやしくて、それを狩沢たちにからかわれていたはずだ。顔に出ない性質なのか、あるいは酔った振りで押し倒したのか―――、いや、そもそも記憶があやふやだというのなら勘違いということもある。
「それ、ホントにそうだったのか?」
「質問の意味がわかんない」
「だから、勘違いとかそういう可能性はないのかって。目を覚ましたら2人揃ってすっ裸だったとかでも、必ずそうだとは限んねぇだろ」
「それはないと思う。朝起きたら、その、…は、入ったままだったから、…」
「……」
頬染めて言われても困る。というか、正直聞きたくない。
差し当たっては、正臣は自分の帝人に対する愛情がこれ以上もなく純度百パーセントの友情であることを改めて実感して、ホッと胸を撫でおろした。平和島静雄と争うなんて、そんな無謀な状況には絶対陥りたくない。
「酔った勢いでやっちゃいました、てか。んで、静雄さんは?」
チンピラ風の見た目に反して意外と律儀で面倒見がいいのだと、少なくとも正臣は帝人の口からはそう聞いている。酔った勢いとはいえ未成年に手を出して、そのまま放置するような性格だとも思えなかったのだが、帝人はまたもや勘違いしたらしく更に顔を赤くしてうつむいてしまった。
「その、…静雄さん寝惚けてて。そのまま首とか噛まれたら、その、反応しても仕方ないよね…」
「…ちょっと待って、お前なに言ってんの?」
「朝なんだから元気でも、…ていうか正臣だって男なんだから、途中でやめるとか、そんなの無理だってわかるだろ…!」
「え、なに、それって、朝っぱらからガンガンやっちゃったってこと!?」
「違…ッ、さ、…3回…」
「……………」