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「貴方は臨也を壊すつもりなの?」

 新宿の某高級マンション。学校が終わってここに直行した僕は、セキュリティ厳重なこのマンションへ、客ではなく住人のようにスムーズに入り、この部屋までたどり着いた。いつものように。
 一時期雑然としていたこの部屋は、今ではすっかり臨也さんの優秀な助手として定着した波江さんの手によって整然と片付けられている。書類やファイルはわかりやすく色分けされ、それぞれが自分の居場所におさまっていた。臨也さんの方も波江さんが整理した位置をすべて的確に把握しており、当然のように指示を出していた。僕はいつもそれを見ていることしかできない。…とはいっても、僕が来ている間は臨也さんは仕事をしないので、波江さんだけがてきぱきと動いている状態だったけど。
 今日も同じだ。特に用事もなくやってきた僕を臨也さんは当たり前のように嬉しそうに出迎え、波江さんに怒涛のように仕事の指示を一気に出してから、自分はその日の仕事を終えてしまった。僕と一緒にたいして面白くもないテレビを見ながらツッコミを入れたり、お茶を飲んだりして過ごす。今も、お茶を頼んだ波江さんに自分でやれと一蹴され、たまにはいいかと臨也さんが紅茶をいれに行ってくれたところだ。僕がやろうかと思ったけど、たまにならこういうのも面白いのだとよくわからないことを言いながら、臨也さんはキッチンに消えた。

 広い部屋に、僕と波江さんだけが残される。波江さんは相変わらずてきぱきと要領よく動いていたし、僕は対照的にじっとソファに座っているだけで、テレビからは相変わらずつまらないワイドショーが延々と流れていた。
 以前ほどには、僕は波江さんから毛嫌いされていることはないんだと思う。今や僕は彼女の弟である矢霧誠二君とは普通のクラスメイトに戻ったわけで、彼は相変わらず張間さんと四六時中一緒にいたけれど、僕と話さない仲というわけでもない。弟の害にならなければ彼女の敵意も向けれないはずで、加えて彼女の雇い主である臨也さんと僕との関係を知っているのだからなおのことだ。僕は波江さんが仕事を終えて帰った後も、この部屋に残っていることがほとんどで、つまりはそういうこと。必然的に顔を合わせる機会も多く、わだかまりは次第に風化されていった。
 かといって、頻繁に話すということもない。だからこうして波江さんの方から僕に話しかけてくるのは、とても珍しいことだった。
 その内容が、どんなものだとしても。

「え…?」

 告げられた内容の意味がわからずに問い返す。彼女は仕事をしていた足を止め、わざとらしく溜息をついてみせた。
 キッチンの方ではまだケトルが微かに鳴く音がしている。臨也さんが戻ってくる気配はなかった。

「わかってるでしょう?臨也は誰かのものになるべきじゃないわ」

 それは明らかに、嫉妬や羨望からくる台詞ではなかった。ただ純粋に、現実を言葉にのせただけだった。
 臨也さんと付き合うようになって、僕ができるだけ考えないようにしてきたこと。波江さんはそこにあっさりとメスをいれた。

 本当は、僕が一番よくわかっていたんだ。臨也さんのカリスマ性は、今の臨也さんにだからこそあるもので、手に入らないからこそ誰もが焦がれるし惹かれる。神様がただの人になってしまうような感覚、とでもいうのか。それはもう「彼」ではないと、波江さんは言うんだろう。
 僕は臨也さんの隣に立つ資格はない。いや、僕だけじゃなく、誰にも。等しく人間を愛すると豪語する彼が誰かひとりを愛することを、きっと世界は望まない。
 よく、わかっていたことだ。覚悟してた。彼の申し出を受け入れた、その日に。

 返すべき言葉がまとまらなくて、それでもそこに立ち続ける彼女から逃げることもできずに、とにかく何かを声にして伝えなければ、そう思った瞬間、その場にそぐわない、けれどこの部屋に一番ふさわしい声が軽やかに響いた。

「そんなの、俺が決めることであって君には関係ないだろう、波江?」

 両手に紅茶の入ったカップを抱えた臨也さんが、波江さんに向かってにっこり微笑む。ただし目は笑っていなかった。視線に気圧されて、波江さんが一瞬たじろぐ。手にしていたファイルがばさりと音を立ててフローリングの上に落ちた。

「まあ、波江が俺を心配してくれるのは嬉しいんだけどねえ?」
「なっ…、誰が心配なんかするのよ!私は誠二のこと以外はどうでもいいわよ」
「そう?まあ、そうだろうね。でもそれならどうして帝人君を惑わせるようなこと言うのかな?」
「決まってるじゃない!…貴方と付き合える人間なんているわけない!その子が…不幸になるだけよ」

 ちいさく呟くと、ふっと目を逸らす。誤魔化すように波江さんは落ちたファイルを拾ってキャビネットに仕舞った。臨也さんは肩をすくめただけだったけれど、いたたまれなさそうな彼女の背中に向かって、僕は言葉を放つ。

「不幸には、なりません」
「え?」

 驚いたように波江さんが振り向いた。彼女に言うべき言葉を、僕は何一つ持ってはいなかったけど、これだけは伝えておかなきゃいけない。
 僕は、自分で選んだんだ。この、結果を。

「僕は覚悟して臨也さんの手を取りました。自分で選んだ場所です。だから不幸にはならない。もしうまくいかなければ、それは世の中の『人間』に勝てなかった僕の責任です」

 まるで予想外とでもいうように波江さんは絶句して、対照的に臨也さんは声をあげて笑い出した。まあ、なんとなく想像はしてたけど。その笑い方は嘲笑や失笑ではなくて、自分の予想を超えたことをしでかしてくれる、という嬉しさを帯びた声だった。
 それから、僕を見た。臨也さんの視線は、僕を欲しいと言った時そのままに、意外にもとても優しい色をしていた。

「…波江、今日はもういいよ。帰ってくれるかい?」
「…わかったわよ」

 臨也さんの言わんとすることに気づいて、波江さんはあっさりと承諾すると、整理しかけの書類もそのままに自分のハンドバッグを抱えて玄関に向かう。
「厄介な組み合わせね」と小さく呟く声とともに、オートロックの扉が閉まった。

「どうぞ、少し冷めてしまったかもしれないけど」

 立ったままカップに口をつけつつ、もう一方を僕の前に置いて、臨也さんが言う。僕は小さくお礼を言ってカップを手にとった。
 なんとなく気まずいなあ、なんて思っていると、それを見越したみたいに臨也さんの方から口を開いてくれる。

「波江に言われるまでもなかった、って顔だったね」
「あ、」

 そこを突っ込まれるのだとは思わなかった。でもそれは僕にとって、避けられない問題でもあった。
 今の「折原臨也」というものを構成するすべての要素。情報と話術で軍師のように巧みに人を動かし、信奉者まで持つような人だ。色んな意味で特別な存在である臨也さんは「今のままでなければならない」と、僕自身も心のどこかで思っていたのかな。
 平凡な高校生である僕が、彼の「特別」になることはできない、って。
作品名:his special 作家名:和泉