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【標的279】虹色の実

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周りを幸せにしたかったら笑いなさい。母のあの言葉のように、私は笑って消えたいと思います。

――ああ、それなのに、あなたは。

「よお、姫」
あなたはいつだって私の前に現れる。空を切り裂く鮮やかな電光。私の雷。私の守護者。私のナイト。
リングもおしゃぶりも関係なく、彼は誰よりも私を守り続けてくれた人だった。
そんな彼があの結界を越えてまで私の前に立ち、ひどく穏やかな眼をしてほんの少し苦笑いする。
「やっと会えたのにまたすぐいなくなっちまうなんて水くさいぜ」
水くさい? そんなことは考えもしなかった。私の命を正しく使う。そう考えるのでいっぱいいっぱいだった。
言葉を失った私に彼はもっとびっくりするようなことを事もなげに言ってくれた。
「オレの炎も使ってくんねーか?」
とんでもない。冗談じゃない。私は私の責任において自分一人だけで逝く。そのはずです。
そのはずだと思っていました。彼がためらいなく私の炎の中へ入ってきて――私を抱き締めてくれるまでは。
信じられなかった。私から彼に抱きついたことはあっても、彼がこうして私を抱擁してくれたのは初めてです。
かつてより私の身長は伸びているけれど、それでも彼の背は高く、私は彼の顔を見るためにおもいっきり上を向かねばなりません。
あの人は笑っていました。私の好きな優しい顔で、私の好きな低い声で、怪我しているとは思えないほど落ち着いて、
「あんたを一人にはさせない」
私は――
「いつか耳打ちしてくれたの、覚えてるか?」
私は……信じてもいいのかな。γ、私あなたのこと。
「あれの返事まだだったよな」
あなたのこと、大好きです。母がそうだったように。けれど今や母以上に、深く深くあなたのことが。
――好きよ。ひとりの女の子として大好きなの、γ。
運命を前にして諦めて封じた言葉があった。抱いて眠りに就くはずの大切な想いがあった。
彼は一つの答えをくれました。私の魂、私の想い、私の恋にまっすぐ応えてくれました。
もう前なんて見えなかった。視界は涙でぼやけて顔は歪んで、きっと今までで一番みっともない。
頬を濡らす涙は温かく、私を抱き締める彼の腕も温かく、私は泣いて、泣き叫びたいくらい奇跡の夢を見ています。
――もういい。私は今こそ幸せだと、幸せに生きたと胸を張って言い切れる。
「なんだよ。旅立つって時にシケた面だな。あんたの母さんはそんなこと教えなかったはずだぜ」
ええ、そうね。あなたの知る母も私の知る母も笑って言ったものでした。
ユニ、うれしい時こそ心から笑いなさい。あの頃見ていた母の笑顔を思い出すたびに私の胸は温かくなる。
お母さん、あなたの娘に生まれてよかった。最後の最後に私の恋は鮮やかな花を咲かせました。
この花が実を結ぶことはありません。そんな時間はありません。私はお母さんたちのところへ旅立ちます。
私は彼を突き飛ばして一人で逝くべきなのでしょう。γを太猿たちのもとへ残していくべきなのでしょう。
大空のアルコバレーノとして、私は一人ですべてを終わらせるべきなのだとわかっています。
これ以上、他の誰かの命まで巻き込むのは許されないことです。ましてや私の大事な人を死なせてしまうだなんて。
ただでさえ私はこの時のためだけに沢田さんたちを盾にした。γ、あなたにだって怪我をさせた。
私は戦えないから、周りの人たちに守ってもらってようやくここまで来られただけ。彼らがいたからこそ私は命を賭けられる。
沢田さんたちを平和な過去に帰して、多くの人々を救う礎になれて初めて私の人生は意味を持つのでしょう。
でもね、γは私を姫と呼ぶの。最後にユニと呼んでくれたの。私は命尽きるその時まで、彼のお姫様として生きられる。
だからありがとう。そしてごめんなさい。お姫様は最後に我が儘を通していくわ。
太猿、野猿――あなたたちのγを一緒に連れていくことを、どうか許してね。
今でも死ぬのはとても怖い。だけど、大好きな彼となら私はもう何も恐れない。

さあ、とびきりの笑顔で心からきれいに笑ってみせましょう。
この恋は一生に足りるものでした。短い人生だったと嘆くことも、実を結ばぬと哀しむこともありません。
咲いた花を彼とともに抱き締めて、私は花のように生きたことを世界に誇って逝きましょう。
代わりにアルコバレーノたちを復活させていきます。それが私の遺す実です。
白蘭、私はあなたのものには決してならない。私の魂は虹のもの。私の心はγのもの。
リボーンおじさま、ラルさん、会えてよかったです。向こうでおばあちゃんにあなたたちのことを伝えます。
もしおばあちゃんが泣いてしまったら、おじさま、あなたのせいよ。
そして沢田さん。ごめんなさい。ありがとう。あなたなら希望ある未来を切り開いていけると信じています。
虹は雷を連れて大空の向こうへ消えましょう。オレンジの欠けた虹色の実を遺していきましょう。
どうか未来が豊潤になりますように。

私は一生に足りるすばらしい恋をしました。
ありがとう。さようなら。
世界で一番大好きよ、γ。



----------2010/03/04
作品名:【標的279】虹色の実 作家名:kgn