これでおしまい
02: 零 下 3 0 ℃ の 愛 情 に 触 れ た 人
ジェイドから届いた手紙の内容に、ナタリアの顔が泣きそうに歪んだ。
それこそ我慢しているのに無理矢理唇を噛んでさらに感情を押し殺そうとしたり、不安で仕方なくて祈るように手を胸の前で抱えるようにしていた。
会いに行きましょう、と言うナタリアにアッシュは頭を振った。俺は会いにいけない。静かに、でもはっきりと口にした。
気にしていますの、とナタリアは慎重に言葉を紡いだ。
世界はアッシュのことをルークと呼ぶ。だけど彼はあの“ルーク”ではなく、アッシュと名乗っていた彼だ。ルークというレプリカとオリジナル。一部を除いて、世界はそれを知らずアッシュをルークと呼んで褒め称えた。
それを気にしているのか、とナタリアは云ってるのだろうけれど、違った。
もう一度、ゆっくりと頭を振る。
俺はルークの記憶をもっていようとも、そう呼ばれようとも、あいつの知る、“ルーク”じゃない。
ナタリアは静かにアッシュを見つめて、寂しそうに微笑んだ。
それからすこしして、我慢していた涙腺が切れたように溢れかえって、ぼろぼろと泣き出した。
症状は悪化しています。話したいことがあるなら、早いほうがいいでしょう。
手紙に書かれたあの一行が、アッシュの頭の中をぐるぐると巡る。泣き出したナタリアをゆるく抱きしめながら、ルークなら泣いただろうか、と思考した。
記憶は持っているのだけど、ルークが存在しているわけではない。
そう、記憶だけだ。そこにルークの感情は存在しない。
あいつの居場所を、すべてを。俺は、
そこまで考えて、アッシュは途方もないことだ、と思った。
ナタリアを抱きしめているはずなのに、逆に縋りつくように、腕の力を強くする。
そうだ。なんて、途方もない。
そして、これがルークの感情であったらよかったのにと思い、彼の記憶の一部を愛しく感じた。