DDFF:記憶と想いと
相変わらず賑やかな、少年たちの声がしていた。
「もーおー! フリオニール、ほんっっとーに心配が趣味っ?」
「誰が趣味だ! ティーダが突っ走ってるから注意しているだけだろう?」
「突っ走っているのはフリオニールもおんなじッス」
「だからティーダ、前をっ……!」
「うわ!」
前を見ていなかったティーダがフィールド上に点在している光に当たりそうになるのを、フリオニールがすんでのところで腕を掴んで引き留める。
「あーびっくりした」
「だから言ったんだ……大丈夫か?」
「平気平気、この光にぶつかったって特に何ともないしさ」
「まったく……減らず口だな」
そんなやりとりをしているフリオニールとティーダを、セシルがちょっと離れたところで見つめていた。
ひずみから出てから気持ちまで解放されたのか、二人は広いフィールドを走り回っては騒いでいる。
――どっちかというと、走り回っているティーダをフリオニールが追いかけては、あれこれ世話を焼いているという構図が正しいが。
「……まるで兄弟みたいだ、あの2人」
独り言で言ったつもりの言葉だったが、その言葉をクラウドが拾いあげた。
「フリオニールが一方的に翻弄されているようにも見えるがな……」
「ふふ、そうだね」
2人のやりとりの様子が楽しいのか、セシルの表情にも笑みが浮かぶ。
セシルとクラウドの視線の向こうでは、ティーダがモーグリのポンポンに触ろうとしてフリオニールに止められている。
先ほどまでひずみでイミテーションと戦っていたというのに、特にティーダは元気が有り余っているらしく一時もじっとしていられないらしい。
いつの間にか、元気いっぱい走り回るティーダ、を追いかけるフリオニール、を見守るセシルとクラウド、という公式が出来上がりつつあった。
どうやらモーグリに怒られたらしく、ティーダが慌てて手を引っ込めている。
代わりにモーグリに謝っているのはフリオニールの方だった。
「……フリオニールも大変だな。放っておけばいいものを」
あきれ果てた、と言う声色を隠そうともせず、クラウドが呟く。
「フリオニールがあんなにお兄さんぽく振る舞えるなんて知らなかったよ。彼はいつも皆から面倒見られてる方だったから」
セシルとしては何の気無しに言った、世間話のような会話のつもりだった。
「……セシル?」
日頃あまり感情を出さないクラウドが、戸惑うような声をあげた。
「一体それはいつの話だ?」
「え……っ?」
そう問いかけられてセシルははっと動きを止めた。
「俺たちがこの世界に来てまだ間もない筈だ。なのに何故「昔のフリオニール」の事が分かる?」
「あ……」
そう――自分たちはこの世界に来て、クリスタルを探している旅の最中。
カオスの戦士と戦うためにコスモスに呼ばれ、こうして出会って旅を始めたばかり――のはずだった。
昔など知らない。知らないはずだ。フリオニールとも出会って間もないはずなのに。
「……いつ……? いつの……時だろう?」
記憶を探っても何も出てこない。欠片すら掴めない。
だが、今のフリオニールの行動や態度を微笑ましいと思う自分がいるのは確かだ。
何か、大切なことを忘れてしまっている。
――誰かがいたはずなのに、掴みたくてもその存在の欠片すら分からない。
記憶がないのに、想いだけ心の中に残っていた。
「――いつ……誰……誰か……いた……?」
誰かが、いた。
大切な想いの欠片だけが微かに残っているのに、存在していたという記憶の欠片はない。
もどかしさと、
切なさと、
苛立ちと、
そんなものがない交ぜになってセシルの心を覆い尽くしていく――
これだけ強い想いが残っているのに、具体的な記憶は何一つ思い出せなかった。
「セシル!」
揺さぶられて、はっと我に返る。
「大丈夫か? 何があった?」
フリオニールがセシルの腕を掴んで揺さぶったのだ。
「真っ青だぞセシル。具合でも悪いのか」
その隣ではティーダが心配そうにセシルを覗き込んでいる。
「……あ……」
頭が混乱していて、心配そうに見つめてくる2人にどう返していいのか分からない。
「――セシル」
クラウドがセシルの背をとん、と叩いた。
「もしかしたら……それは昔の記憶かもしれない。召喚された時に忘れてしまった記憶だ」
「記憶……」
自分たちがここに呼ばれた時に大部分の記憶を消失してしまっていることは理解している。
今までそれについて特に何か思うことはなかったし、問題に思うこともなかった。
だが――想いと記憶とのギャップがある事に気がついた瞬間、セシルの心にすっと冷たい風のようなものが吹き込んできた。
――不安という名の、風が。
「無理に思いだそうとするな。必要な記憶ならば思い出すだろう」
大部分の記憶がないとはいえ思いだし始めている者もいて、クラウドは元の世界の事を幾つか思いだしているらしい。
フリオニールとティーダは自分の名前こそ覚えているものの、後の事は殆ど何も覚えてはおらず自分と似たような状態であるようだ。
その2人は不安そうな面持ちでセシルとクラウドの会話を黙って聞いていた。
「……もし思いだせなかったら……?」
すがるような思いでクラウドに訊ねたからか、セシルの声は震えを隠しきれない。
表情が読めない、無機質にも見えるクラウドの瞳が自分を射貫いている気がして、セシルは息を呑んだ。
「……忘れたまま、前に進んでいくだけだ。支障はない」
それだけ言ってクラウドが歩き出す。
「あ、おい! 待てよクラウド!」
その後をティーダが追いかけ――フリオニールは視線でそれを追ってから、セシルに向き直った。
「本当に大丈夫か? 少し休んだ方が……」
「……大丈夫。僕は……大丈夫……」
「だが……」
心配そうに見つめてくるフリオニールが、忘れてしまった記憶の何かを揺さぶる。
――ああ、やっぱりこういう彼をいつか見たことがある。
そしてそれと共にいた筈の誰かを――その欠片を一瞬掴めた気がしたのだが、すぐに四散して消えてしまった。
大切なことを忘れてしまっている。どうしても思い出せない。
それが悲しくて、悔しかった。
(――……兄さん)
この世界で意識を取り戻した時真っ先に思いだしたのは、今はカオスの戦士として存在している兄の事だった。
自身の名と兄と、自分がコスモスの戦士であるという事以外は何も思い出せなかった。
――思い出せない、という事は忘れてしまったという事。
もしかしたらいたかもしれない大切な人。
抱いていたかもしれない大切な想い。
その全てを失ったという事。
失ったかもしれないという事も忘れてしまっている。
――最初から存在していなかったかのように。
もしかしたらこの記憶もいつか忘れてしまうのだろうか?
そして忘れてしまった事も忘れて――歩いていくのだろうか。
(そんなの……嫌だ……!)
「! セシル、敵だ!」
緊迫したフリオニールの声が響き、それが深く内部に潜り込んでいたセシルの意識を引き上げた。
騎士であった、という自覚はある。
例えどんな絶望のさなかにあったとしても気持ちを切り換えなければならないし、概ねそれはうまくいっていた。
「ティーダ、クラウド、そっちは頼んだ!」
作品名:DDFF:記憶と想いと 作家名:八神涼