DDFF:記憶と想いと
見れば少し離れたところででもティーダとクラウドが戦闘に入っていた。
自分たちの姿を模した戦うだけの人形――イミテーション。
それを倒さなければカオスを倒すなどという目的を達することなど出来ようもない。
セシルは武器を出し構えた。
「フリオニール、援護してくれ!」
「了解!」
戦闘態勢に入っているイミテーションへ向いて――セシルはその姿にどこか既視感を覚え凝視してしまった。
鎧に身を包んだすらりとした長身。その表情は竜をかたどった兜に覆われていて分からない。
「……セシル!?」
フリオニールが呼ぶ声が聞こえる。
聞こえるだけで、今のセシルの心にその声は届いていなかった。
――見たことがある。
会ったことはない。今いるコスモスの戦士たちの中にこんな鎧と兜をまとった騎士はいなかった。
知らない人のはず。
なのに、覚えがあった。
彼は――誰だ?
「セシルっっ!!」
悲鳴のようなフリオニールの声が聞こえて突き飛ばされる。
「っ!!」
その途端我に返り、大地に叩きつけられる前に受け身をとって何とか体勢を整えた。
「フリオニール……!」
たった今セシルが立っていたところにイミテーションが槍を突き立てている。
フリオニールが突き飛ばしてくれなかったらまともに槍に串刺しにされていたところだろう。
そしてそのフリオニールも何とか攻撃は避けたらしく、少し離れたところで膝をついていた。
「ごめん、フリオニール……大丈夫かい!?」
「俺は平気……だ」
見れば彼は左腕を押さえていた――その指の間から血が流れ出している。
――僕の、せいだ。
さあっと血の気が引き、それと同時に覚悟が決まった。
見知っていようがいまいが、目の前の存在は敵だ。彼の姿を模しただけの人形。それだけにすぎない。
――倒すしかない。
セシルは槍を構え、大きく振りかぶった。
「燦然と輝け……!!」
自分のなかにある光の力がエネルギーとなって襲いかかっていく。渾身の力を込めたその光にイミテーションが吹っ飛ばされ大地に叩きつけられた。
「フリオニール!!」
セシルが呼ぶよりも早く、フリオニールは弓に光の矢をつがえて狙いを定めている。
「当たれ!!」
彼が放った矢がイミテーションの胸を貫き――その一撃でその姿はぱあっと砕け散った。
「……!」
敵だと認識はした――だが。
その姿が消えて無くなってしまうのが、ひどく辛かった。
感傷を振り払い、フリオニールへと近づいていく。
「ごめんフリオニール。僕のせいで……」
「大丈夫、かすっただけだし」
そう言いながら身を引こうとするフリオニールの右手をとり引き留める。
「ケアルを使うから」
「いや、そこまでしなくても……」
槍の切っ先が腕を切り裂いたのだろう、未だ血は止まっておらず傷口がぱっくりと口をあけている。
止血をして気長に治すよりも魔法を使ったほうが早い。
「いいから」
少し強い口調で言うと、フリオニールは観念したのか黙ってしまった。
傷口に手をかざし、詠唱を始める。
「――……ケアル!」
セシルの手が光を放ち、傷口を包み込む。
その光が消えた後、傷は跡も残さず綺麗に消え去っていた。
「……ありがとう」
申し訳なさそうに言うフリオニールに、セシルは首を横に振った。
「助けて貰ったんだから、おあいこだよ。気にしないで」
「……わかった」
素直にうなづくフリオニールは、まるで弟のようで可愛い。
――やはりこういうフリオニールのほうがセシルにとってはとても馴染みがあった。記憶はなくとも感情がそう訴えている。
「おーいっ、そっちどうだー?」
ティーダの声が聞こえてきて、セシルは振り返った。
クラウドとティーダもイミテーションを軽く片づけたらしい。こちらもかすり傷ひとつ負ってはいない。
「大丈夫。僕の……」
僕のせいで、フリオニールが……と言いかけたセシルの言葉は、フリオニールが腕を掴んだことで止まってしまった。
「言わなくていい。もう傷は治ったんだから言う必要もないだろう?」
「……だけど」
「ええっ、フリオニール! 腕に血がついてるっ!?」
ティーダがあわてたようにフリオニールに駆け寄った。
「怪我、したのか!?」
「返り血だ」
「返り血って……イミテーションって血を流したっけ?」
「今さっきのは流したぞ」
「えっ、マジ!? 知らなかったッス……」
首を傾げているティーダの横を通り過ぎ、クラウドがセシルへと近づいた。
――まだ目覚めたばかりで慣れていないティーダはそれで誤魔化せるだろうが、どうやらクラウドはそうはいかないらしい。
その視線が厳しいことに気づき、セシルはぐっと腹に力をこめた。
「……不覚をとったな」
「……ごめん。僕がぼんやりしてたから」
「見たことがある奴だったんだろう? 今のイミテーションの姿」
「…………」
何となく言いたくなくてセシルは答えず黙ったまま。
頑なな態度になっているセシルに何か思ったのか、クラウドがふっと口調を変えた。
「……俺もだから。だからそんなに警戒しなくていい」
「えっ……」
「さっきのイミテーション。……俺の知っている人物の姿だった。この世界にはいるはずのない……」
殆ど表情を変えることがないクラウドが、一瞬辛そうな表情になる。
「元の世界の……仲間?」
「そうだ。……偽物とは分かっている。分かっているが……辛いな」
「…………」
そうだ。
――あの姿は……元の世界の仲間。自分の大切な、親友の姿。
いるはずのない、彼の偽物がなぜこの世界に現れるのだろう?
「なぁ!」
そんな堂々巡りな思いを、ティーダの声が打ち切った。
「そろそろ行くッスよ! クリスタルを探さなきゃいけないだろっ」
「……あ、ああ。そうだね」
思いを引きずっていても仕方ない。
今はそう割り切るしかなかった。
クラウドが自分を見ているのが分かる――分かったが、今は彼にかける言葉が見つからなかった。
自分たちの偽物と同じように自分たちの目の前に姿を現す、この世界に存在しない者たちの偽物。
なぜ偽物だけが存在して本物の彼らが存在しないのか。
それをつきつめていくと――恐ろしい答えが待っているような気がして。
それ以上そのことについて思考することは、出来なかった。
それを1人で抱える自信は――今のセシルにはなかった。
END
作品名:DDFF:記憶と想いと 作家名:八神涼