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∽ペイパームーン

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「いっつ おんりー あ ぺーぱむーん~♪」
居場所は店員に指差されれば、すぐにわかった。
真っ白な髪を跳ねさせて、カフェテーブルの上でその女は歌いながら何か工作をしていた。



”お客様のお呼び出しを申し上げます”

ナニソレ今の着信!と友人が噴きだした。
佐助は右のポケットから携帯を取り出すと、着信ランプを確認する。色はレインボー。
着信音の聞き間違いでは無いらしい。
滅多に着信しないアドレスのメールが転送されてきた証拠だった。
このアドレスを教えた人間は五指に余る。
それドコでダウンロードできるんだ、と騒ぐ友人を片手でいなし、メールを読む。
内容は簡素に過ぎた。

―腑に落ちたぞ。―

・・・・タイトル無しでこれだけ。
ナニソレ、と友人と異口同音の声が零れた。
しかも、アドレスが・・・ハワイの大学のものだ。
えー、何、アノヒト今どこの大学にいるのよ?と呆気に取られると同時に、ニタリと笑みが浮かぶ。
悪くない思いつきが浮かんだ。
友人は一歩退いていた。
物凄く、性の悪い笑みを佐助は浮かべたということだった。
大学からの付き合いでしかない友人には、近寄りたくない笑顔だったらしい。


題名:もーりさまだよね?
本文:お久しぶり。もうちょっと早くにメールが欲しかった気がする。
   俺様、今のアンタに興味あるってあのとき言ったよね。
   普通にシガラミ無しのもーりさまの話とか、聞いてみたかったんだけど。
   まあ、今のアンタと旧交を温めるってのも悪くないとは思ってるよ。

   ところで、アドレス見てびっくりしたんだけど、今何やってるの?
   その大学の島ならちょうど知り合い、ってか、チカちゃんが滞在してるよ。
   昼時なら添付した地図の”GARDEN”ってカフェにいるんだって。
   jieguiって呼ばれてるから顔合わせるのも一興じゃないかな?
   ・・・すっごい、らしくなってるから。
   あ、でもチカちゃんはシガラミとか憶えてないからね、未だ。
   そこんところ気をつけてね。
   どうせ、近況なんてメールで教えてくれないでしょ?


昨日届いたメールの文面はそこで終わっている。
つまりメールで近況を教えないなら、あの煩い女に近況を教え間接的に伝えろということらしい。
毛利はスマートフォンに表示されているメール内容を一瞥し、冷めた吐息を零した。

昨日の、ちょうど、今と同じ時間帯だった。
レポートの作成にPCに向かっていた。
かつん、と小さな何かが当たった気がした。
何ごとぞ、と顔を上げ、周囲を見回そうとした瞬間だった。

・・・ここは何処だ?と自問した。

安芸ではないな、と脳裏に閃いた瞬間、忽然と見知らぬ記憶が顕現した。
己の中に、不可思議が突如として現れた。
全く、今の自分の経験と噛みあわない記憶が存在した。
だが、現実味のある記憶でもあった。
そのことに、気付いてしまった。
鳥肌が立った。血の気が引いた。
これは一体どうしたことだと、戦慄した。
そして、ふと脳裏を過ぎった影があった。

暁闇も明けきらぬ薄暗い教室で、一人佇んでいた男。

中学の教室。馬鹿をやっていた男が珍しく静かで。
一人で、我を待ち構えていた。
それから不愉快にも本の表紙に、ボールペンで書かれた短いアルファベットの羅列。
あまりの忌々しさに凝視していたのだからすぐに思い出せる。

   『いつか、連絡取りたくなるかもしれないからさ。忘れないで。』

嗚呼。小さく呻いた。
なるほど、あの男はこれを示唆していたのだ。
全てが、腑に落ちた。
言いたいことは他に無かった。


「Where’s Jiegui?」
Tシャツ姿にエプロンで辛うじて店員と解る金髪の男に尋ねると、大袈裟な身振りで笑い、中央のテーブルを指差された。
毛利が猿飛に教えられたカフェを訪れたのは特に何かを期待してではない。
唐突に訪れた自分の変化に、何か落ち着かないものを感じ、集中を乱していた。
その気分転換になるのではないかと考えてのことだ。
ハワイにも日輪はある。神社もある。寧ろ太陽は近い。
こういった時はそれらを拝んで自ら平穏を得るのだが、その習慣すら忌々しい猿飛が言うところのシガラミの一部かと思い、集中は取り戻せなかった。
正直なところ気分転換など今までの人生では必要無かった。
であるからして、この行動が正しいかは不明だ。
だが昨日の昼、恐慌に陥りかけた毛利をひとまず落ち着かせたのは、あの猿飛の影だったのだから、礼代わりに近況を教えることもやぶさかではない。
近づいたカフェテーブルに毛利の影が映る。
動かないその影に気付いて、下手な歌が止み、白髪の顔が上がった。
「・・・え?毛利?え、まじで?・・・ここ、ハワイだよな?」
中学の同窓生でも一際、犬猿の仲と言われた、気に食わない女が成長してそこにいた。
ぱしぱしと瞬く睫が長く、表情はあどけなく。
変わらない、と感じて己を戒めた。
男であった頃と、中学生であった頃、どちらと変わらないのか、毛利自身にもわからなかった。
「久しぶりだなぁ。何、その白衣?マッドサイエンティストみてえ。こええー!」
「大学から出てきただけぞ。日本人は子供にしか見えん虚けが多い。IDを持っていても警備員に観光客と間違われる。ならば大学に出入りする研究者に見えるように着ておるだけよ。」
「相変わらずの喋り方だし。ま、そっちもご苦労さんってとこだな。座れよ。昼は食ったか?ここのマフィン、割とイケるぜ?」
女が笑いながら席を勧めるので座る。
中学時代にあれほど歯を剥き声を荒げあったことなど記憶に無いようだ。
いや、そこまで阿呆ではなかろうが。
「大学って、お前こっちの学校に進んだんだ?」
「短期留学よ。大学は国内ぞ。就職をするかは未だ決めかねておるが、留学するならこの時節しかなかろうと思ってな。ここでの単位を取得すれば語学の単位も取得が終了する。一般教科の単位は満了するな。」
「うわー、相変わらず優秀なこった。」
「貴様も相変わらずだな。」
「そっか?結構、みんな変わったって言うんだけどな。」
「ふん?間抜けで粗雑なところなど何一つ変わっておらんわ。」
「あ、ひっでーの。まあ、船に乗ってから男っぽくなったって言われてっから、粗雑は否定できねえなあ。」
頬杖をついて、女は苦笑した。
なるほど、確かに中学の頃は、もう少し言葉遣いが柔らかかったと記憶している。
今ではまるきり”長曾我部元親”の喋り方に変わりが無い。
髪も短髪が跳ねて立ち上がっていて、大きな胸がなければ眼帯をした顔ともどもシガラミのあった時代の男そのものだった。
「そういえば、Jieguiとはなんだ?」
「・・・そこでそれ聞くか?つーか誰が教えた、それ?」
思い切り、苦虫を噛み潰したような顔をするので毛利は少し胸がすく。
「猿飛だ。昨日メールが着てな。貴様がここにいるということと、Jieguiと呼ばれているとのことだった。ちなみに貴様は伝書鳩だ。猿飛が我の近況を知りたがっているのでな、代わりに伝えるがよい。」
「っんだよ、それ、パシリかあっ?!」
「当然よ。で?」
「・・・んだよ。毛利の近況を聞くのが先なんじゃねえの?」
作品名:∽ペイパームーン 作家名:八十草子