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∽ペイパームーン

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「や、ここハワイだろ?暑気あたりだって。バカンスの風邪にやられたって、絶対。」
「くどい。心配せずとも仮契約だ。嫌になればいつでも止めるが良い。ただ連絡を取り合うだけぞ。当然、婚前交渉など以ての外。」
「あ、あああああ、わかってねえのかと思ったけど、やっぱソッチの付き合うなわけかよ?!」
「他に何がある。男女のことぞ。」
「わかんねえ、わけがわかんねえぞ、お前!」
「だから言っておろう、わけがわからぬから興味がある。故に付き合ってみぬかと提案しておるのだ。」
「つったって!」
「無理か?」
「普通、そういうのは本当に恋とかしてからするもんだろが!」
「では騙されろ。」
「違うだろソレ!!」
エキサイトしたためか、店員がサービスだと言ってコーヒーをもう一杯持ってきた。
オレンジジュースが一つ手付かずにあるので、本当にこの店は煩い客には何かを突っ込ませるマニュアルがあるらしい。
少し息を切らせる女に、毛利は平然と告げる。
「何が違うのか、わからぬ。」
「・・・もーりぃー・・・?」
「では聞くが。例えば政略結婚でも、見合いでもよい、とにかくそういう感情がないままに結婚した男女がいるとする。子供を産み育て、生涯を共にして、老いて互いを見つめたまま二人とも死ぬ。この二人は偽物の夫婦か?」
女は黙った。
「もう一つ例を挙げようぞ。恋愛結婚をして先の二人のように子供を産み育て生活を共にしている夫婦がいる。だが、感情は既に冷めていて、ただ義務で家庭を維持している。あまつさえ、愛人と愛ある生活とやらを別に用意している。この夫婦は本物か?」
「・・・そっちは、偽物だ。」
「では最後。女がいて、男がいる。男は結婚詐欺師だ。それでも女は幸せな時間と思い出とやらを作る。そのうち、男が因果あってか交通事故で死ぬ。女は男が結婚詐欺師だったとは知らない。だが、男と過ごした美しい記憶は残っている。この女の美しい記憶は、貴様にとって何だ?」
「・・・幸せな、思い出だ。本物とか偽物とかじゃねえ。」
「そういうことだ。騙されろ。」
「違うだろ、だから・・・。」
女は今度は脱力した。
「何が違う。本物を決めるものなど、ただの主観だ。我と付き合っていても、貴様がそういう仲ではないと思えばそうではないし、我がそうだと思っておれば、そういうこととなる。」
「・・・それ、ストーカーの理論なんですけど。」
「それも主観だな。相手の主観が合致するかどうかが問題だ。我は、その主観を一致させようと思って提案している。」
「・・・お試しお付き合い、って?」
「何事も、試用期間は大事よ。」
「・・・なんか、さっきの言葉を思い返すと結婚を前提にしたお付き合いをしましょーって言われたみたいなんですけど、そこんとこどう思ってんだよ?」
「当然だ。そもそも交際自体が結婚の試用だろう。貴様は更にその試用が必要と判断されただけだ。」
「・・・どんだけ見下されてんの、付き合おうって相手に。」
「今のところ、興味があるというだけだからな。まあ、二年くらいで飽きるか?」
「ううっわ、言い切りやがった。ぜってー骨抜きにしてやる。」
「無駄だと思うがな。」
「・・・でも付き合うってのは無駄じゃねえんだ?」
「・・・他に何か貴様を呼び止める理由があるか?」
「年中、船の上だしなあ。友達に会うのも年に一回一人ずつ?」
「・・・貴様は馴れ合いが多すぎる。」
「まあいいさ。付き合うって、やったことねえからやってみようや?」
「・・・ティファニーの指輪でも贈ってやろうか・・・。」
「え、何、仮契約でそんな良いもんくれるの?!太っ腹ー!!」
「嫌味だ。」
「ええ?!・・・あ。『ティファニーで朝食を』か!」
「共通の話題が一つあったな。」
”だって結婚ってしたことなかったんだもん”と、結婚したホリーと同じように女は笑った。

カフェテーブルには偽物の月。
話題は偽物の恋。

けれど、二人とも知らない。
ただの紙の月だって、本物になるのだ、と歌う詩。
”If you believed in me”と、最初は名付けられた歌。
あとで知らないよ?と白い三日月は嘲笑う。









『It’s Only a Paper Moon』

Say, it’s only a paper moon
Sailing over a cardboard sea
But it wouldn’t be make-believe
If you believed in me

Yes, it’s only a canvas sky
Hanging over a muslin tree
But it wouldn’t be make-believe
If you believed in me

Without your love
It’s a honky-tonk parade
Without your love
It’s a melody played in a penny arcade

It’s a Barnum and Bailey world
Just as phony as it can be
But it wouldn’t be make-believe
If you believed in me

作品名:∽ペイパームーン 作家名:八十草子