『寂々』
少しでも。身を蒸発させてしまう前に彼は何か知る事ができたのだろうか。
過去を呟いた時の、初めて不可解さを浮かべた表情、翳りを深くしたまなざし。どちらも最早真意の掴めぬ男の顔を思い出す。
形なきものが応じるかの如く、湿る風が原に吹いた。一面を見回し、かつては老木に止まっていた烏達も失せている事に気付く。
覇王達のそれと共に、人の口の端から消えていった男。
この世にすでに彼の身が無いのだとしたら。
―…
一人で。異質だった己。お前は。
―…飛べただろうか、空に。
戦いだけ挑まれた。無機質で冷めた、魔のような男。ただ一度きりの邂逅だった。なのに何故なのだろう。
悲しくなどはないのに。
黒紫の空の下、烏一羽おらぬ原の元。
幼げな面立ちの青年が、ただ男の涅槃を願った。
終