『交錯』
『交錯』
作られた空間作られた緑の中作られた人造人間
この身この命、この心すら造られた。ただ戦うために。
長身の男性……刃は何とも言えぬ思いに憑かれていた。彼一人ではまず来ないだろう場所で、 “普段の己”を保つために少し固い表情をする。彼の手を半ば強引に引いた者と共に刃はこの場所に佇んでいた。
ここは同様に彼らを製造した者−…ただ揺るぎなく穏やかな気配と時折刃ですら薄ら寒くなる底知れぬ何かを発する者、誰でもつい惹かれてしまうおおらかな笑みと、どうしようもなくやるせない眼差しを投げ捨てる男……その人物が作った場所だった。
ほんの僅かに眉尻を吊り上げながら刃は思う。
この場所に入った瞬間。−…人工物のくせに。青の空が刃の目を捉えた。そのまま彼の真黒の目をその色で染めてしまう程。本物でないくせに、この星の外ではもう二度と見られないだろう、こがねの日の輝きと温もりが刃の身を包んだ。そしてこの地一面に広がるその色が彼を迎える。
空の青日の温もり一面の−…緑。この空間は刃の目を捉える。そして彼の者も(己も)所詮造り者であるのに。刃の手を引いた者。人造の空より青い目と日よりきらめいた髪とこの場所が己より何倍も合う者。その存在はただ刃の心を−…。
だから座りもせず佇んでいる。緑と青とこがね、その心地良さに安堵しないように。だから彼は目を吊り上げる。この者の美しさに囚われない様に。
緑は好きか、好きでないか。何者かに問われその場所で即答しなければならないなら嫌いではない。そう言うだろう。だがもう少しその問いを掘り下げるのなら感情的に残る物がある。この場一面の緑。緑は緑としか思えなかった。今ですら自分にはそれで良いと思っている。あの木と側の木遠くの枝葉、全て色形が違う。目を凝らすと草葉の中に小指の爪程の薄色の花が無数に散在している。あれは確か……青葛、犬芥子、雉筵、地縛、いや茴香だったか……。−…酢漿草。
刃は彼に教わった名を心の中で浮かべ、名を挙げふと沈黙する。
ただそれまで緑は−…緑にしか見えなかった。今は自分の目には緑はそのままで良いのだと思い込ませている緑。名をようやく覚え、教えられるまで知りもしなかった。知る機会などなかっただろう花の名。そんなこと己には取るに足らぬ。ましてや戦士の己が知ってもどうし様もないのに。覚えたことで大袈裟だがこの身壊れるまで真黒だっただろう未知の世界が開いた。連れられ伝えられた物。その当人。ただこの場の緑が似合う。日より淡い髪。刃が望み僅かに手を伸ばせばすぐ届き、彼のものになる。(だが手は伸ばさない)彼を。
盗み見ていたつもりだったのに気付かれたのだろう。空より青い目は遠間からでもはっきり、それと分かる嬉し気な表情で刃を見据えた。
(何故そんな目で俺を見るのだ。)
“緑”は嫌いか?望み求めればすぐ手に入る。端正しい日の薄こがねと青は嫌いか?もう随分過去から側にいて、 これから先もい続けるだろうから、こんなこと思った事はない。
−…そうでなく。
兄弟達はどうだと思えば即座にかけがえのない、何者にも替えられない無二の存在達だと答えられる。だが己のこの者への心はどうなのだ。五人の中でも寡黙で、自制を重ねる性質の刃(“そこも惹かれたんです”と呟いた後、だから悲しくなるんですと彼は目を伏せていた。)その刃が彼には−…酷い言葉も楽しませる言葉も伝えた。利己的な思いを見せ、性的欲求の対象としても扱った。頭の中で考えるだけでどうし様もなくなる。刃が本来自分以外に見せるなど考えもしない諸々を、 彼には見せてしまっていた。だからだろう、その答えを出すのがどうしても刃の気を引かせた。
彼だけ。肌色髪の色、瞳の色一人全て違っていた。刃の心を鷲掴む程冴えた美貌だが今回の様に刃を連れ出す手は時折強引で微笑ましかった。それが刃は嫌いではない。飾る花ならまだしもこの者は何故地べたの無数のしがない花の名を知るのだろう。一つ一つ指差し刃に教えていた姿。彼には良く似合った。だから嫌いではない。気付けば緊張下での非常時を考え己の両刃を携帯して置こうか、そう思い考えている己とは全く違う。扱う武器まで美しいこの者にとっては戦いですらどこか柔らかで優雅な何かなのかもしれない。
俺に似ず本当に良かった。そう刃は思う。この場所の似合う者緑と青と金の世界の主。ここに置いておこう。置き去りにし俺は両刃を振り続けよう。兄弟達を守り、彼をここに留める為ならこの身−…手がもげ目を無くし耳が削げ足は折れ身体壊れ果てたとしても構わない。だから−…守るべき者(それしか出来ない愚か者)が守るべきこの場所。兄弟達の安息の場所に留まってはいけない。そして緑と金と青の空間。そこに置く花。顔を上げた刃を一面の緑がふわりと包み、空の日が彼を照らす。そのきらきらした光の眩しさに彼は目を細めた。 そしてまた−…今度は決して悟られぬ様盗み見る。暖かい心地良い。そして美しい。この場所にこの者に。
−…い続けたい。
そう思ってしまう。
気付かれぬ様ちらと彼を眺めていた眼差しの色が直ぐに真剣に−…食い入る様に、はっきりと熱を帯びている事に気付き内心慌て、己の不躾さを恥じる。
すでにこの花は己が手折ったのに。少し手を伸ばせば青も金も自らの物になるのに。だからこそ言ってしまいそうになる。互いに譲れぬこと−…刃が彼を残し去ろうとすると、途端、聞かなくなる彼をいつも無理矢理言い包めて背を見せ置き去りにするくせに。この者に俺の傍らにいて欲しいと。
守るべき存在なのに、戦う己と共にいて欲しいと。
兄弟達とこの者の為に一人で戦うと誓ったのに。
己の心と肉体の欲、それらを持て余し行き着いた先の自らの醜い全てを美しい彼に委ねてしまいそうなことを恐れる。 際限なく彼に任せ求めてしまうだろう、それが恐ろしい。
緑の地青の空日の輝き。ただ花は咲き心地良く美しい。
守るべき場所、だから求め過ぎてはならない。心静まる穏やかな世界。だからい続けてはならない。
“緑”は嫌いか?今以上の全てのものを望むのが恐い。だからこの答えを導き出すことを刃はその心に未だ留めている。
まだ答えは出さなくて良い。俺はまだ“大丈夫”だからだと。
−…悪いことだったのだろうか、誤った判断だったのだろうか。
この少し固めの表情はいつもと変わらないのだけれど。つい先刻目が合って。そう言う些細なことでも己には嬉しいことだから。 笑い返したらふいとそっぽを向かれてしまった。
姿形の非常に整った青年−…雷は取り留めなくぼんやりと、愉快そうにも寛ぐ素振りすら見せずただ大樹の下に立つ沈黙のままの男−…実兄の刃のことを考える。
−…強引にここへ手を引いて来た時、嫌な顔をしていた。だから−…連れて来たこの判断は間違いだったのだろうか?
−…それは無い。そう思う。
もう長いのだから。薄情な自分だって分かる。
兄弟の心、炎さんが肩を落とす時紅さんが末弟に他愛無いちょっかいを出す頃合、剛くんがそれで泣き出すなと思う時。
作られた空間作られた緑の中作られた人造人間
この身この命、この心すら造られた。ただ戦うために。
長身の男性……刃は何とも言えぬ思いに憑かれていた。彼一人ではまず来ないだろう場所で、 “普段の己”を保つために少し固い表情をする。彼の手を半ば強引に引いた者と共に刃はこの場所に佇んでいた。
ここは同様に彼らを製造した者−…ただ揺るぎなく穏やかな気配と時折刃ですら薄ら寒くなる底知れぬ何かを発する者、誰でもつい惹かれてしまうおおらかな笑みと、どうしようもなくやるせない眼差しを投げ捨てる男……その人物が作った場所だった。
ほんの僅かに眉尻を吊り上げながら刃は思う。
この場所に入った瞬間。−…人工物のくせに。青の空が刃の目を捉えた。そのまま彼の真黒の目をその色で染めてしまう程。本物でないくせに、この星の外ではもう二度と見られないだろう、こがねの日の輝きと温もりが刃の身を包んだ。そしてこの地一面に広がるその色が彼を迎える。
空の青日の温もり一面の−…緑。この空間は刃の目を捉える。そして彼の者も(己も)所詮造り者であるのに。刃の手を引いた者。人造の空より青い目と日よりきらめいた髪とこの場所が己より何倍も合う者。その存在はただ刃の心を−…。
だから座りもせず佇んでいる。緑と青とこがね、その心地良さに安堵しないように。だから彼は目を吊り上げる。この者の美しさに囚われない様に。
緑は好きか、好きでないか。何者かに問われその場所で即答しなければならないなら嫌いではない。そう言うだろう。だがもう少しその問いを掘り下げるのなら感情的に残る物がある。この場一面の緑。緑は緑としか思えなかった。今ですら自分にはそれで良いと思っている。あの木と側の木遠くの枝葉、全て色形が違う。目を凝らすと草葉の中に小指の爪程の薄色の花が無数に散在している。あれは確か……青葛、犬芥子、雉筵、地縛、いや茴香だったか……。−…酢漿草。
刃は彼に教わった名を心の中で浮かべ、名を挙げふと沈黙する。
ただそれまで緑は−…緑にしか見えなかった。今は自分の目には緑はそのままで良いのだと思い込ませている緑。名をようやく覚え、教えられるまで知りもしなかった。知る機会などなかっただろう花の名。そんなこと己には取るに足らぬ。ましてや戦士の己が知ってもどうし様もないのに。覚えたことで大袈裟だがこの身壊れるまで真黒だっただろう未知の世界が開いた。連れられ伝えられた物。その当人。ただこの場の緑が似合う。日より淡い髪。刃が望み僅かに手を伸ばせばすぐ届き、彼のものになる。(だが手は伸ばさない)彼を。
盗み見ていたつもりだったのに気付かれたのだろう。空より青い目は遠間からでもはっきり、それと分かる嬉し気な表情で刃を見据えた。
(何故そんな目で俺を見るのだ。)
“緑”は嫌いか?望み求めればすぐ手に入る。端正しい日の薄こがねと青は嫌いか?もう随分過去から側にいて、 これから先もい続けるだろうから、こんなこと思った事はない。
−…そうでなく。
兄弟達はどうだと思えば即座にかけがえのない、何者にも替えられない無二の存在達だと答えられる。だが己のこの者への心はどうなのだ。五人の中でも寡黙で、自制を重ねる性質の刃(“そこも惹かれたんです”と呟いた後、だから悲しくなるんですと彼は目を伏せていた。)その刃が彼には−…酷い言葉も楽しませる言葉も伝えた。利己的な思いを見せ、性的欲求の対象としても扱った。頭の中で考えるだけでどうし様もなくなる。刃が本来自分以外に見せるなど考えもしない諸々を、 彼には見せてしまっていた。だからだろう、その答えを出すのがどうしても刃の気を引かせた。
彼だけ。肌色髪の色、瞳の色一人全て違っていた。刃の心を鷲掴む程冴えた美貌だが今回の様に刃を連れ出す手は時折強引で微笑ましかった。それが刃は嫌いではない。飾る花ならまだしもこの者は何故地べたの無数のしがない花の名を知るのだろう。一つ一つ指差し刃に教えていた姿。彼には良く似合った。だから嫌いではない。気付けば緊張下での非常時を考え己の両刃を携帯して置こうか、そう思い考えている己とは全く違う。扱う武器まで美しいこの者にとっては戦いですらどこか柔らかで優雅な何かなのかもしれない。
俺に似ず本当に良かった。そう刃は思う。この場所の似合う者緑と青と金の世界の主。ここに置いておこう。置き去りにし俺は両刃を振り続けよう。兄弟達を守り、彼をここに留める為ならこの身−…手がもげ目を無くし耳が削げ足は折れ身体壊れ果てたとしても構わない。だから−…守るべき者(それしか出来ない愚か者)が守るべきこの場所。兄弟達の安息の場所に留まってはいけない。そして緑と金と青の空間。そこに置く花。顔を上げた刃を一面の緑がふわりと包み、空の日が彼を照らす。そのきらきらした光の眩しさに彼は目を細めた。 そしてまた−…今度は決して悟られぬ様盗み見る。暖かい心地良い。そして美しい。この場所にこの者に。
−…い続けたい。
そう思ってしまう。
気付かれぬ様ちらと彼を眺めていた眼差しの色が直ぐに真剣に−…食い入る様に、はっきりと熱を帯びている事に気付き内心慌て、己の不躾さを恥じる。
すでにこの花は己が手折ったのに。少し手を伸ばせば青も金も自らの物になるのに。だからこそ言ってしまいそうになる。互いに譲れぬこと−…刃が彼を残し去ろうとすると、途端、聞かなくなる彼をいつも無理矢理言い包めて背を見せ置き去りにするくせに。この者に俺の傍らにいて欲しいと。
守るべき存在なのに、戦う己と共にいて欲しいと。
兄弟達とこの者の為に一人で戦うと誓ったのに。
己の心と肉体の欲、それらを持て余し行き着いた先の自らの醜い全てを美しい彼に委ねてしまいそうなことを恐れる。 際限なく彼に任せ求めてしまうだろう、それが恐ろしい。
緑の地青の空日の輝き。ただ花は咲き心地良く美しい。
守るべき場所、だから求め過ぎてはならない。心静まる穏やかな世界。だからい続けてはならない。
“緑”は嫌いか?今以上の全てのものを望むのが恐い。だからこの答えを導き出すことを刃はその心に未だ留めている。
まだ答えは出さなくて良い。俺はまだ“大丈夫”だからだと。
−…悪いことだったのだろうか、誤った判断だったのだろうか。
この少し固めの表情はいつもと変わらないのだけれど。つい先刻目が合って。そう言う些細なことでも己には嬉しいことだから。 笑い返したらふいとそっぽを向かれてしまった。
姿形の非常に整った青年−…雷は取り留めなくぼんやりと、愉快そうにも寛ぐ素振りすら見せずただ大樹の下に立つ沈黙のままの男−…実兄の刃のことを考える。
−…強引にここへ手を引いて来た時、嫌な顔をしていた。だから−…連れて来たこの判断は間違いだったのだろうか?
−…それは無い。そう思う。
もう長いのだから。薄情な自分だって分かる。
兄弟の心、炎さんが肩を落とす時紅さんが末弟に他愛無いちょっかいを出す頃合、剛くんがそれで泣き出すなと思う時。