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ノッキンオンヘブンズドア

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夕方から降り続く雨のために、高速でスリップ事故が起きたらしい。大型トラック一台と後続車三台が大破。通行止めになってるから下道で帰ってこい。運転席に身を沈めながら、沖田は土方の声を携帯電話越しに聞いている。フロントガラスは雨粒で覆われている。隅のほうが砂埃で汚れていて、洗車サボりやがったなとぼんやりと思う。判ったか、と土方が続けるのに適当に返事をして通話を切った。液晶画面にマヨという土方の登録名と、通話時間が表示される。携帯を閉じる。ポケットにそれをしまいこみ、アイマスクを顔にかぶせる。大きく息を吐いてシートに深く深く沈む。
 海の見える、高台の駐車場である。背後に建っている高級料亭で幕府高官との会談が行われていた。松平と近藤が出席している。料亭内には高官についているだろうSPがいるため護衛は必要ない、という達しであった。沖田の役目は復路の運転とその間の護衛である。手探りで助手席に置いたコンビニの袋からカロリーメイトを取り出す。もそもそとそれを咀嚼して、ミネラルウォーターで胃に流し込んだ。窓の外で雨はまだやまない。駐車場の照明は煌々とあたりを照らしていたが、夜の深さはそれではどうにもならない。耳を澄ますと海の音が聞こえる。ゴウゴウという音。てのひらで耳をふさぐと聞こえてくる音に似ている。血流の音。
 それを沖田に教えたのは、近藤であったなと沖田は思う。武州にいたころのはなしだ。いまだ海を見たことがないという幼い沖田に、近藤はいつか連れてってやろうと約束した。そういう約束があったなという程度の記憶に風化してしまっている、些細な出来事である。季節がいつだったかももう思い出せない。ただ、近藤の、剣ダコのできた大きな分厚いてのひらが沖田の耳をふさいだのは覚えている。なんか聞こえるか? 近藤さんの声が聞こえますぜ。そうじゃなくて、ゴウゴウって音が聞こえるだろう。はあ。
 沖田は隊服のポケットに突っこんでいた手を持ち上げて、耳をふさいだ。あのときの近藤の血流の音を思い出そうとする。アイマスクの下でぎゅっと目をつぶるが、やはりそれは思い出せない。しばらくてのひらを耳に押し付けていた。そうして、そっと手の力を緩める。アイマスクを額にずり上げる。窓の外から雨粒の落ちる音と、その合間に波のうねる音がする。フロントガラスを人影がよぎった。助手席の窓がコンコンと叩かれる。助手席に置いておいたコンビニの袋を後部座席に放る。やがて傘を畳んだ近藤が助手席にからだを滑り込ませてくる。高そうな、立派な骨でできた傘は雨粒に濡れて散々な様子である。悪い、随分と待たせちまって。構いませんぜ、もう終わったんで? ああ、俺はな。言いながら近藤は助手席から身を乗り出して、後部座席に傘をたてかける。アイマスクを剥ぎ取り、シートベルトをしめる。近藤もまたシートベルトをしめるのを確認してイグニッションキィを回す。エンジンが重低音を響かせて、いっとき雨の音も海の音もかき消してしまう。ワイパーがフロントガラスをかきまわしてゆく。
 ……高速で事故があったらしくて、下道で帰りますぜ。判った、運転、代わってやれなくて悪いな。……特殊警察が飲酒運転なんて笑えねえ冗談だ。ミラーに映っている近藤の頬はアルコールのためにひどく赤い。はは、と近藤は笑った。シフトレバーを倒して、アクセルを踏み込む。ぐっとシートにからだが押さえつけられる。高台から海岸線におりる道はくねくねと曲がりくねって狭い。濡れた道を白い光が照らして、眩しいと思う。ミラーでうかがい見る助手席の近藤は、窓枠に肘をついて外を見ている。その顎のラインが、計器のあかりにぼんやりと浮かぶ。……見てはいけないものを見た。
 苦し紛れに寝ちまっても構いませんぜと言って寄越すと、近藤は小さく肩を揺らせた。折角の総悟とのドライブなのに? そう言って笑った。思わずハンドルを握る手に力が入って、その修正に神経が割かれる。心臓が跳ねたのには、知らぬふりをした。道中は長い。