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ノッキンオンヘブンズドア

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 ……ぴっちりと閉めたはずの障子が開いている。いつからかは判らないが、誰かがこの部屋を覗いて様子を見ていったに違いない。それまで薄く膜を通したように聞こえていた雑多な外の音がいやに鮮明であるし、なにより、障子の隙間から差し込む陽が一筋畳を照らしている。それが、寝転がった沖田の裸の足を暖めた。思わず足の甲同士を擦り合わせる。頭の下に敷いた左腕がそろそろ痺れてきている。アイマスクをずりあげて時刻を確認すると、沖田がここで昼寝を始めてゆうに四時間は経っていた。部屋の主は帰ってこない。障子の光から逃げるようにして背を向け、からだを丸めると不意に動いたせいで骨や筋肉がぎしりと軋んだ。
 そうしてまたうとうととしている。部屋の主は、やはり帰ってこない。時折薄目を開けて光の様子を確かめる。白かったそれは今では随分と黄色みを帯びて青畳を暖めている。ごろりと畳に背を転がし、大きく伸びをした。すると、それを待っていたかのようにス、と障子が開く。影が伸びる。……クソガキ、堂々と局長室で昼寝たぁいいご身分だな。特権でさぁ。たかだか一個部隊の隊長にどんな特権があるんだか知らねえが、仕事さぼって昼寝していいはずはねえだろうが。警察が暇なのはいいことにはちげぇねえでしょう、それとも仕事ですかぃ。
 左に置いた刀の鍔を鳴らせると、静かに障子の閉まる音がした。半身を起き上がらせる。くわえ煙草からのぼる煙が土方の顔を曇らせた。鞘からわずか覗いた刀身が、薄い光に鈍く光る。土方は常から寄っている眉間を更に険しくして、沖田に向かって手を振った。
 しまえ、……仕事には違いねえが。そうして、紙切れがひとひら沖田の前に滑らされる。住所と連絡先、時刻。名刺大の紙に走り書きされたそれをつまみあげて、沖田は目をしばたかせた。九時までにそこに車回してやってくれ。めんどくせえ。近藤さんの迎えでもか。
 道理で局長室に張っていても主が帰ってこないはずである。沖田はすんと鼻を鳴らせて、その走り書きされた住所をまじまじと見つめた。隣県でも、少し走る距離だ。また接待ですかぃ。泊まる予定だったんだがな。いいご身分だ。てめえが言うな。ハハ、と小さく沖田は笑う。障子の格子影が、土方の凶相に落ちていた。それを薄く開けた瞼の下から眺めている。自分が行けばいい。そう言おうとして肺を膨らませたが、結局喉元まで押し出された息はそのまま鼻から出ていったのみだった。すう、と陽が陰る。障子の格子影も、ぼんやりと畳を光らせていた陽もなにもかもが遠くなる。空気がわずかに湿気を帯びて、もったりと絡みついた。土方は障子をするりと開けて、崩れてきやがったと呟いた。じきに雨粒が濡れ縁を叩く音がし始める。埃がたつ。降り始めの雨のにおいはあまり好きでなかった。
 そういうことを、ワイパーの単調な動きに目を奪われながら思っている。沖田が屯所を出るころには、泥色の水たまりがそこかしこにできあがっていた。革靴に泥が跳ねる。舌を打つ。湿気で空気がこもる。上着を脱いで、後部座席に放った。シャツのボタンを上から二つ外す。シートに深く沈んで、しばらく雨粒に濡れる世界を眺めていた。曇天は薄墨をぐりぐりと半紙に押し付けたようにうねっている。シートベルトを締める。イグニッションキィはひやりと沖田の指先を刺激する。からだの下でエンジンの始動する音がする。ナビを操作して行き先の電話番号を入力する。……フロントガラスをワイパーがかきまわしている。
 ヘッドライトに照らされて雨の糸が見える。アスファルトをタイヤが滑る音は水分を含んだ。時折、制限速度きっちりで走っている沖田の車を追い越す車両がある。テールランプはじきに雨闇に小さくなってゆく。海岸沿いの一本道で、信号も少ない。右手は松林に覆われて海の音は少し遠い。ざわざわと風に枝木が揺れる。……総悟、ラジオつけていい? 構いませんぜと返すと、節くれだった指が伸びてカーラジオを操作する。わずかなノイズの後に交通情報が流れてくる。車の外から中までを支配していた雨音が少し遠くなる。北関東の渋滞情報を最後に、DJの流暢な英語が流れてくる。
 ……渋滞の様子見てあがりやしょうか、そのほうがはええや。総悟の好きに……、いや、やっぱ下道で帰ろ。ミラーで見る近藤はずっと窓の外を見ている。しんどかったら途中で休憩していいし。ハ、と沖田は息を吐く。ハンドルを握り直した。アンタのほうがしんどそうだ、俺の飲みかけでよかったら水ありますぜ。
 タタタタ、というドラムの音が沖田の声を少し遮る。ん、と近藤はからだを後部座席に捻って、コンビニの袋を掴み取る。ジャクジャクとビニールの擦れる音。水が近藤の喉に流れ落ちる音。沖田は絶えずワイパーの動くフロントガラスを睨みつけながら、近藤の首の真ん中でびくびくと喉仏の震える様子を想像する。……かなり飲まされたんですかぃ。はは、と小さく近藤は笑った。そんなに飲んだつもりはないんだけどな……。楽しい席で飲む酒が、こうまで近藤を悪酔いさせるはずがない、と沖田はこそりと思う。奥歯を噛む。前方で信号は黄色に変わった。ブレーキを静かに踏み込む。前方を右に左によぎってゆく光の群れをぼんやりと視界に映しながら、ホルダーに置かれたミネラルウォーターの残量を確認した。ボトルの底に数センチ残っているのみだ。次にコンビニの看板が見えたら、と沖田は思う。信号はまだ赤のままである。雨粒にそれが滲む。ドラムの音とギターの音は止まない。ボーカルは癖のある声で、歌詞はひどく聞き取りづらい。ベース音が滑らかに低音を響かせて、雨音がその上に乗った。
 ……総悟、風邪引くぞ。いつだったか。顎から滴った雨粒が地面に落ちる。目を上げると、提灯に照らされて傘を持った近藤が立っている。風邪引くぞ。ふとそんな声が雨音の合間にかすかに聞こえて、耳をふさごうにもハンドルを握ったてのひらではそれもままならない。