二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

ノッキンオンヘブンズドア

INDEX|6ページ/6ページ|

前のページ
 


 そうやって近藤の言葉の意味を考えていると、ああ、というため息の音がした。びしょぬれじゃねえか。……汚れちまったんで、裏の川で洗ってきたんでさぁ。顔を上げると、ぺたりと貼りついた前髪から水滴が肌を舐める。障子の向こうに消える近藤の背を追って、沖田は靴を脱いで縁にあがった。裸足といっても、そのまま畳に上がるのはためらわれ、木枠に手をかけて押し入れの中をのぞき込んでいる近藤の背をじっと睨む。
 そうしてると、曖昧だったからだの感覚がゆっくりと戻ってくる。肩にかかる隊服の、水を吸った重みだとか、腹に貼りついたところから冷えてゆく体温だとか、そういうものである。沖田はすん、と鼻をすすりあげて縁に座り込んだ。片手に提げた刀を置き、その手の、爪の間の汚れを隠そうとぎゅっと握りしめる。するとばさりと目の前が暗くなって、髪の毛を拭われる。近藤の手指がタオルの上から生え際や、耳の殻を擦ってゆく。そら、濡れたもん脱いじまえ。頭の上からそういう声がした。握りしめていた手をほどき、薄暗いテントの中で黒い隊服を肩から滑らせる。ベストのボタンをはじくと、その形に下のシャツにあとがついている。漂白されて汚れていない部分と、血を吸ってわずかに色のついた部分と。よくない、と沖田は思う。そうして上半身を覆うものをすべて脱ぎ捨ててしまう。タオルのテントの中は熱がこもった。息を潜めてその中でじっとしていた。近藤は無言である。
 ……近藤さん、さっきの……。テントの中でぼそりと呟くと、頭にかかっていたタオルが払われて肩にかかる。見上げた先、灯りに照らされた顔半分をなんとか見えるように取り繕った近藤は、うん、と首を傾げた。てっきり、どうなったと思ったんですかぃ。
 言葉のアヤってやつだ、深い意味はねえよ。そうしてハハと笑おうとする、その腹に向かって沖田はからだを思いきりぶつけた。二人して畳の上に転がってしまう。近藤はぐうとうめいてくちびるの下の歯を食いしばった。沖田はその腹の上に馬乗りになって畳に両手をつく。薄暗い部屋の中で表情などなにも見えぬ。ああ、だが、俺は今あの目をしていると、そう思う。
 そいつは困る。喉をでてきた声は無様にひび割れて畳に落ちた。空気がはる。拭いきれなかった水滴が一粒近藤の頬に落ちる。アンタはいつだって、送り出すほうの覚悟を持っててもらわねえと困りまさぁ。いつもは丁寧に撫でつけられている髪が少し乱れている。沖田はいっそ優しい気持ちになって、その一端に触れた。だが硬い髪はするりと沖田の指からこぼれていってしまう。
 ふ、と柔い息が漏れた。そうだなあ、そうやって生かしてもらってる命だもんなあ。瞼の下のガラス玉がきらりと光って沖田を射すくめた。かたく分厚いてのひらが伸びてきて、沖田の頬を撫でてゆく。だけどなソウゴ、多分お前も最期のときまではこっち側だ。
 ……馬鹿言うんじゃねえや、そんなの誰だってそうに決まってらぁ。大きく息を吐いて半身を起こすと、それにつられるようにして近藤もまた肘を使って上半身を持ち上げる。ぼんやりとした灯りに照らされた顔半分は凪いでいて、沖田はそれが少し悔しい。肺に止めていた息を気取られぬように細く吐き出して、沖田は畳についていた膝をたてた。縁に放り出したままだった隊服を掴みとる。逃げるように局長室をあとにして、沖田は負傷者が寝かされているだろう道場に向かった。今になって、あばらが痛み始めていた。
 足の先に小波が寄せてくる。沖田はぼんやりとそれを眺めながら、潮のにおいに鼻をひくつかせた。さくさくと砂を踏む音は波音の合間に沖田に近づいてくる。ひときわ大きいのが足先を濡らそうとして、沖田は慌てて後ろにステップを踏んだ。……戻るか? 近藤の言葉にうなづいて、きびすを返す。さあさあという小雨が舞い上がって頬を濡らした。夜というのもあって少し肌寒い。もうなんともないはずのあばらが少し痛む。
 売り言葉に買い言葉で交わされたあの問答はあれから宙ぶらりんのまま沖田の中で白々と発光し続けている。ずっと、近藤の言葉について考えていた。最期のときまでこっち側だということ。きゅ、と足下で砂が鳴る。立場の上で、送り出す側だということは理解できる。だが真実、沖田は自分がそういう立場にいるとは思っていない。己の刀はいつだって前線で血を飛沫あげてきた。そうして、これからもそうであるということ。
 運転席のドアを開くと、近藤は助手席でシートベルトを締めている。少し寒いなと近藤は言った。早いところ、と言いさして沖田は咳き込む。早いところ帰りましょうや。そうだな、と呟いた近藤がじっと見つめてくるのに沖田は気づかない。