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竜の子

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 幸村様。慌てた女中の声がした。
 その者が来た方角には竜の子の寝屋がある。もしやと思い女中の話半分に身体は部屋へと向かう。ばたばたと廊下を進み辿り着いた部屋の中には上半身を起こしこちらを向いた竜の子がいた。
 よかった。起きたのか。安堵に笑顔が零れる。傍に歩み寄り腰を下ろす。かちりとあった目線は同じ高さ。そこにきてようやく竜の子に表情が現れる。安心させるように頭を撫でてやるとくしゃりと崩れ見える左目から涙が流れた。勢いよく飛び込んできた身体を抱きとめよしよしとあやしてやる。怖かった。竜の子は小さくそう呟く。身の内にあんなものがいたのだ。自分の存在を消すためにあったもの。怖くないはずがないだろう。もう心配ないと落ちつかせるように背中を撫でる。しかしその言葉に竜の子はふるふると首を振る。違う。怖かったのはアンタが死んでしまうかもしれなかったことだ。まわされた腕にぎゅうと力がこもる。見えてた。オレがアンタを殺そうとしてるところ。そう空になった右目を触る。オレはここにいた。目の前にアンタの苦しそうな顔があった。止めてくれって叫んだ。縫い止められたように動かなかった身体を動かそうともがいた。 必死だった。
 あの時の一瞬の怯みはこの子供が頑張ってくれていた為だったのかと納得する。再び泣きじゃくる竜の子にありがとうと礼をする。お陰でまたこうして元気な姿を眼にすることが出来た。それが本当にうれしいと。だからもう泣きやんで笑ってくれないか。そう伝える。その言葉を受け二、三度瞬きをした眼をごしごしと擦り上げると子供は恥ずかしそうに笑った。

 変態は上手くいっていたのかもしれない。
 あの日以来子供の姿はあの竜の容貌を保ったままでいた。右目のあった部分はぽっかりと空洞であったがそれ以外に怪我などはなさそうである。本人はいきなり伸びた手足に未だ順応できていないのだろう。何度も躓いている場面を見た。こういう状況は自分にも覚えがあるので少々面映ゆい。子供の成長を見守るとはこうも面白いものか。しかしその竜の子。日に日に弱ってきていた。元々食事は殆ど摂らない体質だったがついには神酒すらも飲むことが減り比例して床に臥せることが多くなった。
 ふと気付く。竜神が持つ宝玉。竜は玉の力により己が周りの空気を清浄化させ生きていると伝え聞いていた。しかしこの子供を拾ったときからそういった持ち物は見当たらなかった。迷信だったのだろうと軽く考えていたがそうではなかったら。あの金の色をした眼。あれがその代わりだったのではないか。途端血の気が引く。子供を助けるためとはいえ己が潰してしまった。取り返しのつかないことを嘆いてもしょうがない。佐助には打開策を探るべく既に動いて貰っている。せめて神酒で体内を清浄化させるしかない。
 だるそうな身体を支え神酒を飲ませる。少々苦しそうだったが小さく喉が動く。その様子にほぅと息を吐く。竜の子はじっとこちらを見つめて何かを要望しているようだった。ふと見ると服の裾を掴まれていた。大きくなっても変わらないと可笑しくなる。寝るまで傍に付いているから。そう言うと照れくさそうに竜の子は笑った。

 その日は月がとても大きく見える日だった。
 打開策も見つからず神酒も気休め程度にすぎない。心は焦る。何もしてやれない己の不甲斐なさにものも言えない。子供の前では努めて明るくふるまうことにしていた。
 そんな竜の子。今日は少し体調がいいのか身体を起こしていられる時間が長かった。今は昇った月を見ている。その月が中天に掛かったとき竜の子はおもむろに立ち上がる。さっきまで床に臥せていたとは思えないほどしっかりとした足取りで庭に降り立った。その姿に驚き己も続いて縁側へと進み大丈夫かと問う。今はとても気分が良い。竜の子は振り向き答える。あの月を見てると力が湧いてくるんだ。オレの知ってる玉に似ている。そう笑う。くるくる。月の光の降り注ぐ中を回る。ほらな。身体が軽い。今なら飛べる。月を背に立った竜の子の表情はよく見えない。今なら分かる。あの先だ。そう月を指す。
 多分これが最後のチャンスだと思う。短い間だったけど楽しかった。もっとアンタの子供としてここに居たかったんだけど玉を持たないオレは人にすら成りえないから。
 ――帰るのか。そう呟くと竜の子はああと応える。ああその時が来たか。自然と思う。子供の時は上手く飛べたことがなかったから少し不安だけれど見てて欲しい。そんな竜の子の言葉にゆっくりと頷く。
 小さく雷鳴が轟く。竜の子の身体がゆっくりと蒼白い光に包まれ始める。立ち昇る蒼い光。何度この光景を見ただろう。これは命の光。とても美しいと思う。その光が強くなるにつれ子供の姿が見えなくなっていく。その先に向かって言葉を紡ぐ。いつでも帰ってこい。ここはそなたの家でもある。そう笑って送りだした。
 一面に広がる白さに目を瞑った瞬間。竜の鳴き声が遠く聞こえた。
 ゆっくりと瞼を開く。広がる漆黒の空。そこに浮かぶ月。
 遠く空に向かいきらきらと伸びていた軌跡が消え始めているところだった。
作品名:竜の子 作家名:わさびもち