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Ohne dir.

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まさか自分がこんな目に遭おうとは。
 臨也は相手を舐めていた自分を恨んだ。脇腹を一突きされ、階段から突き落とされた。何とか頭だけでもと思ったが、体の動きが予想に反して遅かった。片手を頭の下に敷くのが限界だった。
そのまま地面に落ちた。惨い状況にならなかったが、痛みによる気怠さで動けなかった。指先から体温が抜けていくのが感じられた。
今回は不運なことに、運び屋にも誰にも一切連絡を入れていなかった。こんな路地裏を通る人間は少ない。臨也は笑ったが、動いたのは口だけで、喉から出たのは空気が喉を通る音だけだった。
 ―――あーあ、俺死んじゃうのかな
臨也は、思った以上に自分が冷静でいることに驚いた。名残惜しいことを考えたが、特に見つからなかった。
しかし、そこに違和感を覚えた。
自分だって所詮人間だから、未練がないはずがない。そうだ、俺は大嫌いな『あいつ』を殺せていないじゃないか、と臨也は舌打ちをした。
 ―――あいつ?
臨也は口を閉じた。分からない。存在だけは覚えているのだが、顔が、声が、名前が思い出せない。思い出そうとすると、かえってそこに霞がかかっていき、遠くへと追いやっていく。霞に消えていく影は次第に一人また一人と増えていった。
次第に考えは変わっていった。
――― そんな覚えていないような奴を俺は殺そうとしていたのか。バカだな、そんな奴いるわけがない。
しかし、そこでふと思考と感情に齟齬が生じた。他のことは忘れても、この殺意だけは覚えていないとだめだ。駄目なんだ。だが、そんな自分の感情を臨也は理解できなかった。どうしてこの殺意を覚えておく必要があるのだろうか。
 すると、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。
視界に映る黒と紫。どちらも男だ。ぼんやりとそれを眺めていると、黒い方が走って近づいてきた。次第に減速して傍らに立つなり、その男は足を器用に使って臨也の身体を仰向けにした。
「     」
―――脚癖の悪い人間だな。
そう臨也は思った。靴には自分の血が付いてしまっていた。手で触るよりはマシなのかもしれないが、そんなに触りたくないのか。
男は膝を折って臨也の顔を覗いた。足の持ち主はなかなかに整った顔をしているのだが、サングラスのせいかどこか威圧的だった。そして特徴的なのはその格好だった。バーテン服で出歩く人間はそういないだろう。いたとしても買い出しか、ごみ捨てぐらいじゃないだろうか。変わった人だなぁと臨也は思った。
手が伸びてきた。首に伸ばしているところ、脈の確認でもしようとしているのだろう。臨也はそのまま動かないでいようとしたが、手が勝手に動いた。気付くと、がたがたと震える手は袖口に忍ばせていた傷だらけのナイフを、彼に向けていた。
「       」
何を言っているかは聞こえなかった。彼の表情は般若のごとく怒りに染まった。突然刃物を向けられれば普通は恐怖するのではないかと臨也は思った。怒るというのもまた当然かと思い、ナイフを向けたままだが、謝ろうと口を開いた。
「すみません、なんか身体か勝手に動いて」
はっきりと言ったつもりだったが、ちゃんと伝わったかどうか臨也は分からなかった。その前に意識が途切れてしまった。



 静雄がこの日この時間にこの路地を通ったのは偶然としか言えなかった。取り立て先の家がそこにあったからだ。
路地裏に差し掛かる少し前から、静雄はどことない不快なにおいを感じていた。
「静雄ー、そんなに気ぃ立てんなよ」
「……すみません」
上司の田中トムにそう言われて口では謝るが、静雄の発する殺気が消えることは無かった。目はその発生源を射止めんとばかりに鋭くあちこちに向けられ、すれ違う何人もが何事かと身を縮めて歩いていった。
 そしてそのにおいは路地裏に入ったところに源があった。なんでいやがる、と怒りにまかせて走り出したが、様子がおかしいことに気付いた。源は血溜りを作って地面に倒れていた。次第に静雄の足は遅くなり、やがて止まった。注意深く観察しながら足を使って体を仰向けにすると、完全に脱力しているのが見て取れた。
「……臨也?」
どろりと地面に広がっていた血が静雄の靴に絡みついた。そこからぞわりと何かが身体を這った。
この血の量だと死ぬんじゃないか。そんな疑問が静雄の頭をよぎった。自分とは違ってこいつはあくまで一般人なんだ。生きているか死んでいるか、脈を取ろうと手を伸ばしたところ、突然首にナイフが突きつけられた。
それは軽く首に食い込み、ナイフに細く血が伝った。
「おい、臨也よぉ」
静雄の米神に青筋が浮かんだ。まだ生きていることは分かった。よし殺す。しかし、ナイフを突きつける目は暗く淀み、静雄を見ているようだが見ていなかった。
そして口が動いた。
「     、                」
辛うじて聞き取れるくらい、その言葉は壊れていた。たとえるなら酔った人間が喋っているとでも言えばいいのだろうか。とにかくいつもの彼の言葉ではなかったし、口調も違った。よそよそしかった。
すると腕が力をなくしたようにばたりと倒れた。目も緩く閉じられ、微動だにしなかった。
「なぁ、情報屋の兄ちゃんまずいんじゃないか?」
最初は静観しているつもりだったが、いつもと違う空気を感じ、臨也の様子を見て、トムは静雄に言った。静雄は無言で携帯を取り出すと、発信履歴の最初にある番号に電話を掛けた。呑気な応答が返ってきたが意に介することなく静雄は一方的に言った。
「臨也が死んだかもしれねぇ」



 その言葉を電話口で聞いて、新羅は冗談だと思った。
「まさか。臨也が死ぬわけないだろう」
そんなことあるはずがない。そんな漠然とした感覚があった。あの臨也がそう簡単にくたばるはずがない。
その一方で、彼は一般人なのだからという思いもあった。
電話口の彼はいたって冷静に状況を説明した。
『血が結構出ててよ、周りが血だまりだ。ざっくり腹一線されてる。あと突いた傷もある。いち、にい、さん……四か所か。で、指先が異様につめてぇ。意識もねぇみたいだ。さっきまでナイフ突き付けてきたけど。それに何か様子がおかしい。言葉が喋れてなかった。舌が回ってなくて、酔っ払いが喋ってるみたいだった』
淡々としたその説明を聞きながら、新羅は次第に血の気が引くのを感じた。まさか臨也のことで青褪めようとは新羅は思ってもみなかった。
『どうしたんだ』
セルティが心配そうにPDAに打ち込んだ。
ちょっと待っててね、と片手で制し、新羅は手から滑り落ちそうになる受話器を持ち直して言った。
『とりあえずそっちに連れて行く。良いか?』
「分かった。……ところで君が?」
『おう』
その言葉も淡々としていた。普段では信じられない事だったが、彼もきっと気が動転しているのだろう。妙な冷静さはそのせいだ。
「わかったよ、準備しておく」
新羅はそう言って電話を切った。そして白衣を正した。
「セルティ」
そう言った新羅の目はいつになく真剣みを帯びていた。セルティは何も打たず、新羅の言葉を待った。
「折原君が瀕死だって」
その言葉を聞いた瞬間、セルティは一瞬震えた。
『あいつが?まさか!』
作品名:Ohne dir. 作家名:獅子エリ