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暁を背に

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来ちゃった、と笑うマツバの髪の毛を撫でてミナキは口を開く。
「全く、あまり無茶はしないでくれよ。身体、弱いんだから」
「大丈夫だよ!昔とは違うんだから」
言いながら寒さにぶるりと身体を震わせるマツバの肩に、そっとマントをかける。
「え、ちょ、ミナキくん」
「君があまりにも寒そうにしていたから」
大丈夫なのに、とマツバはそっと呟く。ミナキの体温が移ったマントは不思議と温かい。ぎゅ、とマントの襟を掴むと、ミナキはやはり寒いんじゃないかと言って笑った。
「カントーの方が暖かいと聞いたから、ちょっと、ばかにしていたかも」
「クチバは海が近いからな。タマムシシティはもっと暖かい」
山に囲まれているエンジュシティは、夏は暑く、冬は寒い。生まれも育ちもエンジュシティで、しかも修験者のマツバは、さぞかし鍛えられているのだろうとミナキは思っていた。
が、それはあくまで“エンジュシティの中”だけなのだ。あまりにもエンジュの気候に慣れすぎた身体は、少しの変化で体調を崩してしまう。
こういう寒さには慣れていないだろうな、と思いつつミナキは歩を早める。早く、暖かいホテルの中に入るべきだ。
「早くホテルに帰ろう、寒いだろう」
「う、うん。あ、ミナキくん」
ぱたぱたと雛のようにミナキの後ろに付いてくるマツバに呼び止められて、くるりと振り返る。
どうした、と尋ねる前にマツバの身体が返事をした。

――きゅるる……

「……」
「……」
あ、とマツバが照れ臭そうに笑いながら腹を押さえる。
「お腹がすいたのか」
「う、うん……」
「私はてっきりリニアで食べたのかと思っていたけれど」
考えてみれば、時代錯誤人間とも言えるマツバが一人でカントーに来たこと自体奇跡だった。
彼が一人でリニア内の弁当を買って、食べられるか。いや、無理だろう。ミナキは一人うんうんと納得する。
「じゃあホテルの近くで何か買って帰ろう」
「僕、久しぶりに豚まんが食べたいな」
「ぶたまん?」
ほくほくと豚まんに思いを馳せているマツバを尻目にミナキは首を傾げる。
初めて聞く単語に疑問を抱きつつも、楽しみにしているマツバの期待を裏切ってはいけない、とミナキは何も言わずにホテル近くのコンビニへ向かったのだが。

「あれ、豚まんが無い」
ショーケースの前でがっくり肩を落としているマツバを見て、やはりか。と思ってしまう。
どうやら、ジョウトは肉まんのことを豚まんと呼んでいるらしい。
「マツバ、カントーでは肉まんと呼んでいるんだぜ」
「え、そうなの?あ、チョコまんとかカレーまんもあるんだ!すごいなー……」
まあ好きなのを買ってくれと思いながら、ミナキはつまみになるようなものと缶ビールを2本手に取る。
普段はあまり呑まないのだが、今日は何だかこういう気分だった。
結局マツバは良いなと言っていたもの全て買い、ミナキを驚かせた。
「君はそんなに大食いだったか?」
「饅頭3つくらい大したことないじゃないか」
ははっ、と笑うマツバの手にはチョコまんが握られている。
あまりこれ以上突っ込むのはやめよう、と思うのだった。


「わー!すごいね、海が綺麗だ!」
お腹も膨れ、はしゃぐマツバにミナキは笑う。二人とも既にシャワーを浴び終え、後は眠るだけだった。
「マツバは、初めて海を見たときのことを覚えてる?」
ビールを一口だけ飲み、マツバをじっと見る。
それは、ミナキにとって忘れもしない出来事だった。
窓に近い椅子に座るミナキに対して、立っていたマツバはえ?と声を上げながら振り返る。
思った以上に真面目な表情をしていたから驚く。向かい側の椅子にぽすん、と腰かけた。
「覚えているよ、忘れるはず無いじゃないか」
そう言って、グラスに注がれたビールを口に含む。
「おいおい、酒は呑まないんじゃないのか」
やんわり咎めるミナキに、今夜だけだよと笑って。
「今日は思い出話でもしようか」
久しぶりだし、と言うマツバの頬はほんのり紅くなっていた。


***


「スイクンは、海の上を優雅に、舞うように渡るそうだ」
マツバの部屋で、ミナキはいつものように旅の話をしていた。
ミナキの話を、マツバはいつだって楽しそうに聞いてくれる。だから話すのも楽しかったし、二人で過ごす時間は有意義だった。
「へぇ、僕も見てみたいな」
「ああ、私もいつか実物を見てみたい」
きっと水面を渡るスイクンは、太陽の光が反射した海のようにきらきらと輝いているに違いない。
「ミナキくんは、海を渡ったことはある?」
「ん?ああ、何度かあるぜ。ジョウトは数える程だけど、カントーは良くグレン島まで行っていたから」
いいなあ、とマツバが小さな声で呟いたのをミナキは聞いてしまった。
やはり、マツバも外へ出たいのだ。いつだって彼は厳しい修行ばかりしている。たまにある休みの日も、エンジュシティより外には行かないという。
エンジュシティ以外の世界をマツバは知らないのだ。ミナキから聞く話が、彼の世界を広くさせている。
ミナキはそれが嫌で仕方なかった。どうせなら、マツバには実物を見て欲しい。何度かアサギシティの話をしたことがあるけれど、その魅力をどれくらい伝えることが出来ただろう。
百聞は一見に如かず。そんな言葉があるように、マツバにも自分の目で世界の広さを知って欲しかった。
「マツバ、明日海を見に行こうか」
え、と彼が驚くのは想定内だし僕はジムリーダーになる人間だからと、やんわり断られるのもいつものことだ。
だから、今回は断られる前に話を強引に進める。
「日が暮れる前には絶対にエンジュに帰って来られる。住職さんには申し訳ないが、図書館に行くと言えば良い」
「そうすればミナキくんと海を見に行けるのかい?」
思った以上に乗り気なマツバに驚いたものの、乗り気であることは重要なことだ。
勿論さ、と笑ってミナキは明日へ期待をするのだった。
そして、そのときはまだ自分の考えの浅はかさに気付くはずも無かったのである。


アサギシティは、思った以上に近い。朝、エンジュシティを出て昼過ぎには着くことが出来た。
「うわあ、キャモメがあんなに飛んでるよ」
興奮気味に、上を見上げて空を飛ぶキャモメを指さす。
ミナキはたまにペリッパーもいるぞと、笑いながら歩を進めた。
「お腹がすいただろう?それに、マツバはあまり旅に慣れていないから疲れただろうし……食堂で昼ごはんを食べるか」
「うん、でも僕大丈夫だよ」
嬉しげに笑みを浮かべるマツバを見て、ミナキはやはり連れ出して良かったと思う。
きっと、話を聞かせるだけじゃこんな笑顔は見られなかった。
「ミナキくん、エンジュの外は広いんだね。何だか空の色さえ違うように見えるよ」
透けるような青い空、初めて聞くキャモメの鳴き声、時折遠くから船の音も聞こえる。
歩いている人の中には、セーラー服を着た水兵や外国から来た人も居てマツバは胸の高鳴りを感じた。
全て文献やミナキの話で間接的に知ったものたちだ。直接感じるのは初めてで、思いきり息を吸う。
「どうした?」
少し前を歩いていたミナキが振り返る。いつだってマツバは彼の少し後ろを歩く。尤もそれが、己の定位置だと思っているのだけれど。
「空気もエンジュと違うなあって、思って」
作品名:暁を背に 作家名:ひらめ