東から来ました
「そもそもです。最近の世の中はお手軽に早さを求めすぎる。私のしがない趣味なんかはその恩恵を多大に受けているのは自明と言うか、まあ、誰が見ても分かることですよね。しかしながらね、そのお手軽な早さにも限度というものがあるのですよ。どんな熟練の魔術士にも呪文の詠唱が必要なように、どうしても必要な手間というのが世の中にはある。その手間を省けって言うのは、それこそ魔導王レベルの魔術士のみが行える無詠唱を、才能の無いしがない魔術士に強いるが如し。あ、一応言っておくと、このしがない魔術士は私のことですけどね? あ、別に私が実際に魔術士なわけじゃないですよ? あくまで物のたとえです、た・と・え。で、もっと言うとですね、あなたの要求はこのかわいそうな魔術士……あ、私のことですけどね、この魔術師にできないことを押しつけているというのはなんとも御無体な話じゃありませんか。ということはつまりですね──」
ヒーローは眉をひそめてロウの言い分を聞いている。その様子から、正しくヒーロー然とした客だという印象をクリスは受け取った。同時にヒーローの正体がひどくあやふやになった。目的があるなら、さっさとそれをこなしてここから出て行くべきだ。ここはロウの店の中。城と言えばちゃちだが、床下、カウンター、細工を施した壁の中と、不穏な客を歓迎する店員をあちこちに潜ませている。それが分からない程のエルンデン初心者(ニュービー)なのか。それとも肝が据わった腕利きなのか。腕利きなら交渉をスムーズにするために、自分は腕利きだと言外にアピールするものだ。暴力沙汰は予期せぬ偶然を引き寄せ否応なくリアルラックを試してくるからだ。だがこのヒーローにはそのアピールがなかった。
ただ、ロウが益体もない演説を続けていることから、自分の飼い主はヒーローを馬鹿な流れ者だと判断しているんだな、と思った。
「よくあなたのような人達と依頼主に勘違いされますが、ボクはお金が欲しくてやっているわけではないんですよ。趣味、趣味なんです。女が道具になっているのを見ているのが最高に楽しい。高い金と手間暇かけて連れて来た女が、あっと言う間に、具体的に言えば最短は五日ですか、乱暴な客が使い物にならなくするとエクスタシーが燃え盛るんですよ。それでついつい別の道具の寿命を縮めたり、ちょっと弱い物いじめしたくなっちゃったり、そこで思わぬ拾い物をしたり、ああ、人生って素敵だなって思ったり。あ、ここで多くの人に聞かれます。『それでやっていけるのか?』言ったでしょ、これは趣味。仕事はちゃんとあるんですよ。でもね、仕事はとぉっても辛ぁい。自然と趣味に力が入る。そう、だから、ね、趣味は大事。とっても大事。言いたいこと分かります?」
クリスの飼い主は自分語りが大好きだ。
「分かってます? あ、分からない? きっとそうだと思いました。だって帰らないんですもん。いい加減分かりました? ボクは帰れって言ってるんですよ、言外にね。ボクは仕事のストレスで自然と趣味には力が入る。趣味は大事。お金にも代えがたい。たとえ五十万ダラーを積まれたとしても趣味の道具は売らない。あ、そりゃ仮にも妓楼ですからメニューはありますが、目的は儲けることじゃありません。使いつぶすことです。ですからね、雇い主にお金を積まれても返しませんよって伝えてください。あとね、忠告ですけど実力行使も無駄骨ですからと伝えてください。詳細? 詳細は企業秘密。根回しされたら嫌ですしね。ボクだって趣味で死にたくはない。命あっての物種。生きていれば、またどこかで趣味を再開できるかも知れないと──」
「じゃあ」
今まで黙っていたヒーローがようやく口を開いた。しゃべり続けていたロウが舌を止める。ヒーローは欠伸を一つしてから──クリスは目を見張った──言った。
「あ、失礼。えっと、じゃあ、五十万ダラーとあなたの命で、あなたの商品を買い取らせていただけませんか? 五十万ダラーもあれば、また趣味を再開できると、あなたの話を聞いていて思ったのですが」