ほーわいとでー
「助かったわ、ドイツ。色々とありがとう」
書類をしまいながら微笑むハンガリーに、つられてドイツの固い表情も少し緩くなる。普通に接していれば彼女はいつでもふんわりと微笑んでくれるというのに、何故兄はわざと怒らせるのだろうと疑問に思う。それに最も焦がれているのは、他ならぬ兄だろうにと。
「じゃ、私は帰るわね」
「帰るのか? 兄さんがまだ戻ってないようだが」
立ち上がろうとするハンガリーをドイツが止めると、先ほどまでの彼女の穏やかな笑顔とは一転してあからさまに嫌そうな表情になる。
「あれから結構経つけど、まだ戻ってこないじゃない。きっといつもの嫌がらせよ」
日ごろの行いがものを言うなとドイツはこっそり思ったが、だからといってこのままハンガリーを帰すわけにもいかない。
「そうだ、俺としたことがお茶も淹れずに失礼した。今淹れてくるから待っていてくれ」
「いいのよドイツ、気を遣わなくても」
それなりに兄を応援したいと思っている弟としては、ここであっさり帰してしまえるわけがない。お茶を淹れるために立ち上がった時、リビングの扉が開いた。ふんわりとした、甘い香りと共に。
「待たせたな!」
エプロンをつけたプロイセンが運んできたのは、お茶とホットケーキだった。きれいな焼き色のついたホットケーキにはたっぷりとメイプルシロップがかかっている。
「あら、ホットケーキ。まさかあなたが作ったの?」
その皿を自分の前に置かれたハンガリーが目を丸くする。以前のブログではドイツに焼かせていたはずだが。視線で「本当はドイツが作ったんでしょ?」と聞かれたような気がしたので、ぶんぶんぶんと首を振っておいた。ドイツとしても寝耳に水である。ドイツの前にもその皿は置かれたが、それはやはり普通に美味しそうだった。
「……本当に兄さんが作ったのか?」
「ケセセセセ! 俺様特製ホットケーキだぜ! あまりの美味さに驚くなよ!」
見た目的に美味しそうなのは確かだったので、とりあえず二人ともフォークとナイフを手に取った。
「……!」
「……っ!」
同時に口に入れた二人に衝撃が落ちる。
「こ、これは……」
「た、確かに、美味い」
まさか普通に美味しいホットケーキをプロイセンが作れるなんて補正も入っているのだろうが、それは確かに美味しいホットケーキだった。
「美味いか? 美味いだろ? 褒めて讃えて跪いてもいいぜー!」
なんとなくノリノリなのが妙にイラっとくる。
「しかし兄さん、いつの間に」
そう、いつの間に練習していたのかと。
ドイツの疑問にプロイセンは、少し大人しくなって目を逸らした。
「……いや、ヴェストがいないと食べられない事に気がついただけだ」
三食ホットケーキでもいいとか言っていたが、ドイツが会議で家を空ければ食べられるはずもない。食べたい時に焼く人が居ないのであれば、自分で焼ければ良いだけの話ではある。
「あー、で、これが俺様の『ほわいとでー』ってやつだ」
プロイセンの視線がちらとハンガリーに移る。
ああ、とドイツは得心した。何故いきなりホットケーキなど焼き始めたのかと思っていたが、ほわいとでーの話をしたからか。
当のハンガリーに目をやると、口を押さえてまさに嚥下した直後だった。
うっとりとした表情で、ほうと一つため息をつくと「……美味しい」と呟き、不意にプロイセンに向き直る。
「ほんっとうに美味しいわ、ありがとうプロイセン」
それは、大輪の花が咲いたかのような微笑みだった。
いつもドイツ達が見ているような控え目な優しい笑みとは全く違うそれに、思わずドイツの目も奪われる。直接向けられたプロイセンは完全に目を奪われながらも、「お、おう」と声をなんとか絞りだしたようだった。
「なんだか幸せな気分だわ。あ、これってカナダがくれたっていうメイプルシロップなの?」
「ああ、そうだぜ、美味いだろ」
ああ、かかっていたのはメイプル補正かとドイツは思わなくもなかったが、この幸せそうな空気を壊す気にはなれなかったので黙っておくことにした。
「……ほ、欲しいなら、分けてやってもいいぜ?」
「え、いいの? あなた凄く気にいってたじゃない」
明らかに挙動不審になるプロイセンを気に留めるわけでもなく、ハンガリーが素直に驚く。
「まあ、俺様は太っ腹だからな! ちょっと待ってろ、なんかビン探してくる」
そう言って再びキッチンへと姿を消してしまう。
久々に照れまくっている兄の姿に、ドイツは苦笑する。
『ほわいとでー』とは、なんだかよくわからない慣習だが、こんな幸福な空気が生まれるのならばこれはこれで悪くないと思うのだった。
おわり