ほーわいとでー
「なっ、お前っ、何しに来たんだよ!」
もちろんその声に気付かないプロイセンではない。
いつものように臨戦態勢――というよりも威嚇するような顔をするのは、もはや習性としか思えない。話題の彼女が突然現れて動揺しているのだろうが、それにしてももう少し年相応の対応があるのではないだろうかとドイツはいつも思う。微笑ましいで済ませるには、その期間があまりに長すぎる。付き合わされる方の身にもなってほしいものだが。
「何しにって、今度の欧州会議のことでドイツに用があるから来たのよ。チャイム鳴らしても誰も出てこないんだもの。車はあるし、ベルリッツたちもいるから、中で二人とも倒れてるんじゃないかってちょっと心配したんだから」
まったくもうと両手を腰に当てる彼女は、どう見ても近所の世話焼きお姉さんだった。日本が良く言う、朝起こしに来てくれる幼馴染とはこういうものなのだろうか。
「そういうわけだから、ほら、ずれて」
「おう」
彼女はそう言うとドイツと向き合う形でソファに座る。
その動きがあまりに自然だったためプロイセンも当たり前のように移動するが、たっぷり一呼吸おいて彼女が隣に座っているという事実に気がついたらしい。
「って、何普通に座ってんだよ!」
変な汗が出ているぞ兄さんとつっこむべきかとドイツの眉間に皺が寄る。
「いちいちうるさいわね」
「ハンガリー、フライパンで静かにさせるのもどうかと思うのだが」
「殴らずにこいつを静かにさせる方法があるなら教えてもらいたいのだけれど?」
「……俺が悪かった」
「戦わずして負けてんじゃねーよ!」
沈むのも早ければ復活するのも早いのが特技なのか、プロイセンががばっと身を起こす。その姿にハンガリーが心底うんざりした顔でフライパンの柄を握りしめる。
「いいから、少し黙ってて」
「……お゙、お゙う」
さすがにこれ以上殴られるのは嫌なのか、プロイセンはおとなしく黙りこむ。しかし、彼が『黙って』『おとなしく』を長時間続ける事が出来るわけないこともドイツには分かっていたし、実際頭の方が微かに揺れ始めるのを彼の目は確かに捉えていた。もう少ししたらまたハンガリーのフライパンが飛ぶなと、どこか冷静に分析しつつ仕事の話を続けていると、不意にプロイセンが立ち上がった。
「……兄さん?」
「ハンガリー、お前まだ居るよな?」
「ええ。まだ用事は終わってないもの」
「だったら、ちょっと待ってろ! 俺が戻るまで帰るんじゃねーぞ!」
そう言うと、何故かキッチンの方へと走り去ってしまった。
「……なんなの?」
「よくわからん」
兄の行動原理など誰がわかるというのか。そう言ってドイツが肩をすくめると、ハンガリーも「そうね」と苦笑して見せた。