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無き人ぞ知る

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行けと叫んだ家康の声を背に負って、毛利軍の陣取った高台を目指す。

 焔を噴く槍に乗り空を駆け、瞬く間に目指した場所へ迫った元親に対し、大筒の周囲に群がった兵たちは躊躇いなく大砲を撃った。雷鳴にも似た砲声と共に、巨大な砲弾が凄まじい速さで迫りくるのを見据え、元親は唇を引きあげる。石田に気ィ取られてたさっきとは違うんだよ!腹の底で叫びながら、元親は己の足下にあった槍を片手で掴みあげ無造作に構えた。緩やかに落下しながら、槍を振りかぶった元親の眼前に砲弾が迫る。
「―――ォオ!」
 吠えながら碇槍の側面を振り下ろし砲弾を捉え―――負荷にしなる槍で砲弾を支え、共に吹き飛ばされながら徐々に勢いを殺し、ぎんと敵陣を睨み据える。
「くらいやがれ!」
 そしてついには強引に腕を振り切って、西海の鬼は砲弾をそのまま高台へと打ち返したのだ。
 有り得ない事態に愕然とした兵達が、自分たちを目がけて戻ってくる弾を眼にして大筒の周囲から巣を破られた蟻のように逃げ惑う。数秒の後、砲弾は自らが打ち出された砲台に突っ込み、轟音を発てて地を砕いた。
 再び槍に乗った元親は「やられたらやり返すのが礼儀だよなァ?」と悪気なく笑いながら崩壊した高台へと着地する。そして槍を担ぎあげると一瞬で笑みを引き、正面を見据えた。地に降り立った鬼に悲鳴をあげ、もはや何を取り繕うこともなく蜘蛛の子を散らすように背中を見せて逃げていく全兵士が、同時にその場へ凍りついた。
 兵達が逃げようとした視線の先、たなびく白煙と砂塵の後ろから、細い影がかつりと音を発てて歩を進める。
 靄を打ち払うようにして現れたのはただひとり、鬼に背を向けることなく真正面から冷淡な視線を注ぐ男。萌黄色の戦装束を纏い、長兜の下に整い過ぎていっそ無機質な印象すら与える白皙の容貌を持つ、内海を挟んで対峙し続けた相手だ。
「毛利ィ……!」
 口の端から零れる名と共に、眼に見える怒気が揺らめくようだった。
 将と言うにはあまりに細い、力で押せば容易く蹂躙できるだろうと思わせるような男は、常と変らず感情のない顔で元親を見たのちにふと周囲へ声を投げかけた。
「……して、貴様らは持ち場を離れて何処へ行く」
 それは単なる問いだった。
 そして同時に抗うことの許されない命令だった。
 元親に背を向けていた兵達が一斉に振り返ると同時に、鬼気迫る形相をして各々の武器を振りかぶり元親へと飛びかかった。元親は盛大に舌打ちをすると、一挙に弧を描いて槍を振った。元親の周囲を跳ね飛ばされた兵が人形のように舞う。
「邪魔すんじゃねえよ!てめえらに用はねえ、さっさと消えやがれ!」
 鬼の剣幕は凄まじく、しかし背後に控える自軍の将も恐ろしい。板挟みになった兵は引き攣った面を晒して再び元親へと襲いかかる。元親もまた苦々しく顔を歪めながら、自分へ群がる兵越しに男を睨んだ。そして、平坦な顔で自軍の兵がなぎ倒される姿を見つめる男――毛利元就の凍てつく眼を捉えた。
 瞬間に、総てを捨て駒だと言い放つ、いけ好かない声が脳裏に蘇る。
 駒なものか。
 元親は咆哮する。
「てめえら生きてんだろうがよォ……!だったらちっとは自分で考えろ!いいか!」
 この場にいたら、死ぬぜ。
 隻眼を光らせて鬼が宣告する。それを目の当たりにした毛利軍の兵は震える手で得物を構え、鬼を見つめ、得物を構え直すを繰り返し――、一拍の後に誰が引き金となったか。初めの一人が上擦った悲鳴をあげ身を翻した、次の瞬間には全員が再び元親に背を向け駆け出していた。



 己を追い越し逃げ去っていく兵の後ろ姿へ、元就は温度のない眼を向ける。容易く当てられるとは、使えぬ駒共よ。呟いた元就は平然と輪刀を構えた。流れるように行われたその動作の意図を瞬時に察し、元親はそれを阻むために槍を振るう。
 兵へと向けていた輪刀を翻してそれを受けた男は、武器越しに鬼を見て細い眉を小さくひそめた。
「よォ、余所見してんじゃねえよ毛利……。あんたにゃ、言いたいことが山程あるぜ」
 間近で見た元親の顔と声に含まれるものが、怨讐と報復の念だけではないと気付いたからだ。
「――何で石田がいるのに撃ちやがった!?」
 元親が放ったのは己自身の憎悪ではなく、凶王への裏切りをなじる言葉だった。元就はそれを聞きくつりと喉を震わす。
「……大谷の眼は正しかったか。やはり分断させたが吉よ」
 元就は呟くと同時に輪刀を振り切った。元親は素早く飛び退き、姿勢を落とす。
「自軍の総大将の乱心を見過ごすわけにはいくまい」
「乱心だと?」
「あの凶王が徳川を前にして刃を向けぬなどと腑抜けた真似を、乱心以外の何だと言うのだ。下手な動きをされるよりは諸共に消えてくれた方が良いというもの……持ち直したようで何よりよ。貴様に屠られた大谷も、草葉の陰で喜んでいるであろう」
 言いながら元就の無表情に透けて見えるのは嘲弄だ。
 元親は病身の男の胴を貫いた瞬間を思い出し、知らずに顔を歪めていた。そして幾度となく争った男に対し、いまさら掛けるつもりもなかった言葉が元親の口をついて出た。
「……あんたの譲れねえもんは何だ」
 何も掴めぬまま宙を彷徨う震える手。あの男のことは決して許さない、討ったことに後悔など微塵もない、だが。
 戦乱の世に刃を振るうは誰が為に。
「あんたの守りてえもんは、何だ」
 元就は、この場でまみえて以来初めてはっきりと表情を動かした。元親を見据えて眇められた涼しい眼は溢れ落ちるほどの侮蔑を湛えていた。
「おかしな男よ、仇と語ろうとするとはな……」
 己を元親の仇であるとさらりと口にした男に対し、元親は眦を決した。元就はこの男が怨嗟に塗れ、咆哮し、我を忘れた無様な姿を晒して猛り狂わずにいるのを内心で訝しんでいたが、ようやく得心した。
「大谷が何ぞしでかしたか。……ふん、あの男。他より少しは話が通じたが、所詮は己の心すら偽れぬ浅はかさ、思った以上に愚かな男ではあったな。壊れかけの駒ひとつに執着するなど愚劣極まりないわ」
 元就は己の発する言葉が挑発であることを自覚している。眼の前の男がさらなる憤怒に染まるのを見て内心でほくそ笑んだ。元就は知った風な顔で語り出す男が見たいわけではない。そんなものはもう、初めて戦場で出会ったあの時以来散々に見て飽いている。
 元就は自分の望みに気付かぬ愚か者ではない。
「あんたは……!そうやって上から全部見下して、ああそりゃ良い気分だろうなァ!」
 元親は吐き捨てるように言うと、凄まじい勢いで槍を振るった。その激情に呼応するように閃く灼熱の焔をかざした輪刀でかき消し、続けざまに襲う穂先を軽い所作でかわす。
「俺の言いたいことはわかるな、毛利……!」
 鬼の咆哮を嘲笑う。
「言わずともな。総ては愚かな貴様が悪いのよ」
「ああ、……俺もそう思うぜ。だが、あんたのとった手はあまりに汚ねえ……!」
「汚いだと。……そのような世迷い言を聞こうとはな。隙あらば穿つはこの世の道理、貴様が曝け出したまま放置したものを少し撫でてやった、それだけのことよ。国主の義務を放り投げ漫遊に繰り出した己の責、まだ自覚が足りぬようだな」
「俺は……、……あんたは………!」
作品名:無き人ぞ知る 作家名:karo