my fair little boy
ルルーシュは体を起こしてベッドヘッドに背中を預け、目の前の子供を上から下までまじまじと見つめる。この子供は見覚えがありすぎる。ふんわりとカールした栗色の髪に、キラキラ輝く翠色の大きな目。ふっくりした頬はばら色に色づいていて子供らしいまろい曲線を描いている。どこもかしこもが甘やかな曲線でできていて、かわいい、以外の言葉が思いつかなくなるくらい、かわいい。とにかくかわいい。
「……まさか、スザク……なのか?」
そう呼びかけると、その子供はきょとんとした顔でルルーシュを見上げた。大きな翠色の目がルルーシュをじっと見つめている。
「おまえ、やっぱりルルーシュなんだな」
そうして子供は、変声期前の高くて柔らかな少年特有の声でルルーシュに問い返してきた。
見た目はスザクだ。完璧なまでにスザクだ。
ルルーシュの記憶の中の、八年前、出会ったばかりのころのスザクと、そっくり同じ。ご丁寧にも、着ているものまでルルーシュが日本に留学していた頃にスザクが良く着ていた胴着姿だ。
(スザクが縮んだ……だと!?)
確かに今朝はルルーシュの寝室にスザクが来ることになっていた。今日は、ここ数ヶ月の案件だったブリタニア軍内でのインド軍区および中華連邦内のテロ組織への武器不正輸出の内偵にスザクを向かわせる予定の日だった。潜入先は太平洋の真ん中に浮かぶ小さな島に置かれた基地だ。古くから船の交通の要衝として栄えた島で、その基地は古くから増改築を繰り返された結果、内部構造は複雑に入り組んで、不落の要塞とさえ謳われている。本来、内偵任務など皇帝の騎士がするようなことではないし、スザクは性格的に諜報活動には向かないが、スザク以外にはほぼ実行不可能と思われる内偵だった。その内偵の、最後の打ち合わせをこれからする予定だったのだ。そんな大事な日に、よりにもよってこんな起こりえないことが起きていいのだろうか。
(まさか、ロイド……いや、このフザケた作用からして、ギアスの線の方が確率は高いか)
ルルーシュはベッドから這い出て子供の前に立つ。おそらく、身の危険はないはずだ。暗殺者なら、のん気にルルーシュをたたき起こして朝寝坊だと罵ったりはしないだろう。
「お前の言う『ルルーシュ』が、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアのことならば、答えはイエス、だ」
「なんでおまえ、一人で勝手にいきなりおとなになってるんだ?」
いまいち人の話を聞いていないところも、子供の頃のスザクと同じだ。
(違う。間違っているぞスザク! オレが勝手に大きくなったのではない! お前が小さく……いや、より正確な表現をするなら年齢退行したんだ……!)
それをこのスザクにも分かりやすいように説明するにはどうしたら良いのか。出会ったばかりの頃のスザクはお世辞にも賢いとは言えない理解力しかなかったから、どう説明すれば理解させることができるのか、かなりの難題だ。頭のなかでシミュレーションを繰り返すけれど、なかなかうまく行きそうな方法が思いつかない。
(一体、どうすれば……)
ふいに、控えめに扉をノックする音が鳴った。それから「ルルーシュ、起きてる?」と扉の向こうから声がかかる。ルルーシュのプライベート区画への出入り口の扉の呼び鈴を鳴らさずに、この寝室の扉をノックできるのは、スザクだけだ。聞こえた声も、ルルーシュのよく知る今のスザクの声に間違いない。
(何がどうなっているんだ……!?)
混乱しているうちに、ルルーシュの返事も待たずに扉が開いた。スザクには後宮の扉すべての解錠承認を設定しているから、当然ルルーシュの寝室の扉もスザクなら解錠できる。が、スザクは今ルルーシュの目の前にいる。
「どうかした? ルルーシュ」
「ほわああああああッ す、スザク!?」
入ってきたのは、当然、というべきか、ルルーシュと同じ歳の、ルルーシュの騎士の、スザクだ。普段どおり騎士の正装を纏った、かわいいフワフワとしなやかで精悍が両立しているルルーシュの騎士。
ルルーシュは、目の前の小さいのと扉からルルーシュの方へと歩いてくる大きいのを交互に見比べて思わず気が遠くなりかけたが、根性でそれをこらえた。よろけてしまった体を大きい方のスザクが、手を伸べてさりげなくルルーシュを抱き寄せる。
(スザクが二人……だと!?)
ルルーシュはひとつ深呼吸をしてから、自分を見上げる子供と、少しだけ自分より視線が高いところにある自分の騎士を順に見比べる。
「ちゃんと起きてたんだね。っていうか、えっと、ごめん。なんか、今入ってきちゃマズかった?」
どちらのスザクもどうみてもルルーシュの記憶にあるまんまのスザクだ。くるくるふわふわの栗毛にキラキラ光る翠色の意志の強そうな目。歳は違えど、それは変わっていない。
「お前、本物のスザク……だよな?」
ルルーシュは思わず手を伸べて成長済の方のスザクのやわらかい頬を両の手のひらではさんだ。それから片方の手でふわふわの栗毛を指で梳く。温かさも柔らかさも、ルルーシュがよく知る、今のルルーシュと同じ歳のスザクと完璧に同じだ。スザクじゃない部分なんてどこにもない。
「なにそれ? 今度は僕のニセモノが出てきて詐欺でもしてるわけ?」
スザクは肩をすくめて苦笑する。確かに、数週間前にルルーシュの名を騙った詐欺団が、サクラダイト採掘に絡んだ投資の詐欺を働く事件が解決したばかりだった。スザクのニセモノが詐欺を働くなら、結婚詐欺あたりだろうか。
(いや、今はそんなことはどうでもいい)
目の前のスザクは間違いなくルルーシュの騎士のスザクだ。そもそもこの部屋の鍵は生体認証になっているから、たとえスザクのクローンでも解錠できない。勝手に入ってこれた時点で、こんな風にルルーシュが確かめるまでもなく生物学的にほぼ間違いない。
こんな馬鹿げたことが起こっていいはずがない。けれどギアスの力が実在している以上、どんな不思議現象も起こらないとは言い切れない。
ルルーシュはひとつ深呼吸してから大きい方のスザクをじっと見つめる。
「スザク、落ち着いて聞いてくれ」
「なあに? どうしたの?」
スザクは小首をかしげてルルーシュに笑いかけた。いつものスザクだ。どこからどう見ても本物のルルーシュのスザクだ。
「今ここにお前が二人いる」
スザク目をぱちぱちと瞬かせた後、えらそうに仁王立ちしている子供にはたと目をとめ、それからルルーシュの方に再び顔を向けた。
(ここはオレが落ち着いてスザクをなだめなければ)
こくり、と息をのんでスザクの応えを待つ。
「ああ、その子のこと?」
スザクがパニックに陥ったら正直止められるか不安だったが、その心配はことごとく外れて、スザクはいつもと変わらないほわほわの笑顔でルルーシュを見つめ返す。
「なぜそんなに落ち着いていられるんだ!?」
「入ってきた時点で人がいたら気づくよね、普通。それに、なんていうか……覚えてるから。あれって今日だったんだな、っていう」
たっぷり数十秒は停止した後、やっと出たのは間の抜けた声だった。
「……は?」
「ほら、ルルーシュは『壮大な夢だったな』って言って信じなかっただろ?」
スザクはこともなげにそう言うと、小首をかしげてさらに続ける。
「……まさか、スザク……なのか?」
そう呼びかけると、その子供はきょとんとした顔でルルーシュを見上げた。大きな翠色の目がルルーシュをじっと見つめている。
「おまえ、やっぱりルルーシュなんだな」
そうして子供は、変声期前の高くて柔らかな少年特有の声でルルーシュに問い返してきた。
見た目はスザクだ。完璧なまでにスザクだ。
ルルーシュの記憶の中の、八年前、出会ったばかりのころのスザクと、そっくり同じ。ご丁寧にも、着ているものまでルルーシュが日本に留学していた頃にスザクが良く着ていた胴着姿だ。
(スザクが縮んだ……だと!?)
確かに今朝はルルーシュの寝室にスザクが来ることになっていた。今日は、ここ数ヶ月の案件だったブリタニア軍内でのインド軍区および中華連邦内のテロ組織への武器不正輸出の内偵にスザクを向かわせる予定の日だった。潜入先は太平洋の真ん中に浮かぶ小さな島に置かれた基地だ。古くから船の交通の要衝として栄えた島で、その基地は古くから増改築を繰り返された結果、内部構造は複雑に入り組んで、不落の要塞とさえ謳われている。本来、内偵任務など皇帝の騎士がするようなことではないし、スザクは性格的に諜報活動には向かないが、スザク以外にはほぼ実行不可能と思われる内偵だった。その内偵の、最後の打ち合わせをこれからする予定だったのだ。そんな大事な日に、よりにもよってこんな起こりえないことが起きていいのだろうか。
(まさか、ロイド……いや、このフザケた作用からして、ギアスの線の方が確率は高いか)
ルルーシュはベッドから這い出て子供の前に立つ。おそらく、身の危険はないはずだ。暗殺者なら、のん気にルルーシュをたたき起こして朝寝坊だと罵ったりはしないだろう。
「お前の言う『ルルーシュ』が、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアのことならば、答えはイエス、だ」
「なんでおまえ、一人で勝手にいきなりおとなになってるんだ?」
いまいち人の話を聞いていないところも、子供の頃のスザクと同じだ。
(違う。間違っているぞスザク! オレが勝手に大きくなったのではない! お前が小さく……いや、より正確な表現をするなら年齢退行したんだ……!)
それをこのスザクにも分かりやすいように説明するにはどうしたら良いのか。出会ったばかりの頃のスザクはお世辞にも賢いとは言えない理解力しかなかったから、どう説明すれば理解させることができるのか、かなりの難題だ。頭のなかでシミュレーションを繰り返すけれど、なかなかうまく行きそうな方法が思いつかない。
(一体、どうすれば……)
ふいに、控えめに扉をノックする音が鳴った。それから「ルルーシュ、起きてる?」と扉の向こうから声がかかる。ルルーシュのプライベート区画への出入り口の扉の呼び鈴を鳴らさずに、この寝室の扉をノックできるのは、スザクだけだ。聞こえた声も、ルルーシュのよく知る今のスザクの声に間違いない。
(何がどうなっているんだ……!?)
混乱しているうちに、ルルーシュの返事も待たずに扉が開いた。スザクには後宮の扉すべての解錠承認を設定しているから、当然ルルーシュの寝室の扉もスザクなら解錠できる。が、スザクは今ルルーシュの目の前にいる。
「どうかした? ルルーシュ」
「ほわああああああッ す、スザク!?」
入ってきたのは、当然、というべきか、ルルーシュと同じ歳の、ルルーシュの騎士の、スザクだ。普段どおり騎士の正装を纏った、かわいいフワフワとしなやかで精悍が両立しているルルーシュの騎士。
ルルーシュは、目の前の小さいのと扉からルルーシュの方へと歩いてくる大きいのを交互に見比べて思わず気が遠くなりかけたが、根性でそれをこらえた。よろけてしまった体を大きい方のスザクが、手を伸べてさりげなくルルーシュを抱き寄せる。
(スザクが二人……だと!?)
ルルーシュはひとつ深呼吸をしてから、自分を見上げる子供と、少しだけ自分より視線が高いところにある自分の騎士を順に見比べる。
「ちゃんと起きてたんだね。っていうか、えっと、ごめん。なんか、今入ってきちゃマズかった?」
どちらのスザクもどうみてもルルーシュの記憶にあるまんまのスザクだ。くるくるふわふわの栗毛にキラキラ光る翠色の意志の強そうな目。歳は違えど、それは変わっていない。
「お前、本物のスザク……だよな?」
ルルーシュは思わず手を伸べて成長済の方のスザクのやわらかい頬を両の手のひらではさんだ。それから片方の手でふわふわの栗毛を指で梳く。温かさも柔らかさも、ルルーシュがよく知る、今のルルーシュと同じ歳のスザクと完璧に同じだ。スザクじゃない部分なんてどこにもない。
「なにそれ? 今度は僕のニセモノが出てきて詐欺でもしてるわけ?」
スザクは肩をすくめて苦笑する。確かに、数週間前にルルーシュの名を騙った詐欺団が、サクラダイト採掘に絡んだ投資の詐欺を働く事件が解決したばかりだった。スザクのニセモノが詐欺を働くなら、結婚詐欺あたりだろうか。
(いや、今はそんなことはどうでもいい)
目の前のスザクは間違いなくルルーシュの騎士のスザクだ。そもそもこの部屋の鍵は生体認証になっているから、たとえスザクのクローンでも解錠できない。勝手に入ってこれた時点で、こんな風にルルーシュが確かめるまでもなく生物学的にほぼ間違いない。
こんな馬鹿げたことが起こっていいはずがない。けれどギアスの力が実在している以上、どんな不思議現象も起こらないとは言い切れない。
ルルーシュはひとつ深呼吸してから大きい方のスザクをじっと見つめる。
「スザク、落ち着いて聞いてくれ」
「なあに? どうしたの?」
スザクは小首をかしげてルルーシュに笑いかけた。いつものスザクだ。どこからどう見ても本物のルルーシュのスザクだ。
「今ここにお前が二人いる」
スザク目をぱちぱちと瞬かせた後、えらそうに仁王立ちしている子供にはたと目をとめ、それからルルーシュの方に再び顔を向けた。
(ここはオレが落ち着いてスザクをなだめなければ)
こくり、と息をのんでスザクの応えを待つ。
「ああ、その子のこと?」
スザクがパニックに陥ったら正直止められるか不安だったが、その心配はことごとく外れて、スザクはいつもと変わらないほわほわの笑顔でルルーシュを見つめ返す。
「なぜそんなに落ち着いていられるんだ!?」
「入ってきた時点で人がいたら気づくよね、普通。それに、なんていうか……覚えてるから。あれって今日だったんだな、っていう」
たっぷり数十秒は停止した後、やっと出たのは間の抜けた声だった。
「……は?」
「ほら、ルルーシュは『壮大な夢だったな』って言って信じなかっただろ?」
スザクはこともなげにそう言うと、小首をかしげてさらに続ける。
作品名:my fair little boy 作家名:さきさかあつむ