my fair little boy
「その子、僕だよ。僕が保証する」
「スザク、お前何を言って……」
「ん? だから、その子、十歳の僕だよ。ルルーシュが、枢木神社に来てた頃の僕」
そうして、ルルーシュとスザクのやり取りをじっと見ていただけだった子供のスザクが、そこでふいに盛大にため息をついた。そうして、心底困っているような途方にくれた声でぼやくように言った。
「おまえら何ゆってるんだ? そんなことよりここってどこだなんだ? おれ、神社のそうじの手伝いしてたのに。早く帰らないとそうじが終わっちまう」
スザクはくすりと笑って肩におろしていたフードを目深にかぶると、子供のスザクを見下ろした。
「ここはブリタニアだし、すぐに家に帰るのはちょっと無理かな。あ、でも後でちゃんと帰れるから大丈夫」
「は? ブリタニア? ルルーシュのうちがあるところか?」
「うん、そうだね。っていうか、ここがルルーシュの家だよ」
「ルルーシュのうちってこんなおしろみたいなところなのか!?」
「みたいなところ、じゃなくてお城だね」
「そーか。ルルーシュはオージサマだもんな。今でもオージサマっておしろに住むんだな!」
大きいスザクと小さいスザクがしゃべっているのは大変かわいらしくてすばらしい癒し効果がある。しかも小さい方のスザクは今のスザクよりもさらにふわふわフニフニで、もうまさにふわっふわの茶色い毛の子犬のようだ。だか、しかし。
(今問題にすべきはそういうことではないだろう……!)
なんで突然(しかも、おそらく)一瞬で、日本の枢木神社から直線距離で一万キロは離れているブリタニアの太陽宮に来てしまったのか、それより時間的に約八年タイムスリップしているのはいいのか。突っ込みどころが多すぎてもはやどこから突っ込んでいいのかわからない。
ルルーシュはこめかみに鈍い痛みを覚えつつ、騎士の方のスザクを問いただす。
「どういうことだスザク」
ルルーシュは、スザクが纏っている外套の胸のあたりを掴む。言外に、半端な答えでは逃がさない、と意思を示してスザクを見つめると、スザクは困ったように眉を下げて小首をかしげる。
「ええと……原因とか理屈とかそういう難しいことは全然分からないんだけどさ」
スザクは肩をすくめてそう前置きして、時々思い出すためにか考え込みながらことのあらましをルルーシュに説明した。
枢木神社の掃除を手伝っていて、枢木家の直系の人間しか触ってはいけない、という決まりがあるらしいご神体に触った時に、突然どこからともなく女の声に話しかけられたことから事件は始まったらしい。
「それでこうなった、というわけか」
「うん。それで気がついたら、ルルーシュっぽいきれいな人が目の前でスヤスヤ寝てた、ってわけ。あ、今度は信じてくれたみたいだね」
「目の前で見せられれば、信じないわけにはいかないだろう。……それで、その女の声というのはC.C.じゃないだろうな?」
「さすがにそこまでは覚えてないよ。その頃僕はC.C.のこと知らなかったし」
「そうか。ひとまず原因はわかった。枢木神社ということはギアス絡みの線が濃いだろう。後で饗団の連中を呼んで調べさせるか」
まったく頭が痛い。即位してからというもの、本当に次から次へと頭の痛くなる問題ばかり起こって休まる暇もない。
「C.C.に聞いてみたらいいんじゃないのかな?」
「あいつが一々こんな細かいことを覚えているとは思えない。覚えていたとしても、説明が面倒だと言われるのがオチだろうな」
「あ、そっか。それもそうだね」
そこで納得していいのか、思わずつっこみたくなったが、あえて聞かなかったことにして、ルルーシュは盛大にため息をつく。
「それにしても、こんな……なんでもアリでいいのか」
ちらりと視線を下げると、小さなスザクが大きな翠色の目でルルーシュを見上げていた。
(なん……だ、このかわいさは……)
じっとルルーシュを見上げる翠色のキラキラ輝く大きな目。まろい頬の曲線をふちどるふわふわの栗毛。
(確かにスザクはかわいかった。しかし、こんなにもかわいかったとは……)
子供の頃は自分も幼かったから、スザクはかわいいにはかわいいが、こんなにもかわいいと感じてはいなかった。むしろ、外見も中身もルルーシュより相当『お子様』で、無茶苦茶なことをするスザクが心配で仕方なかったから、かわいいと思っているような暇はなかった。
ふわふわのあの髪を思う存分なでまくりたい。ついでにあのふっくりした頬をふにふにして触りまくってみたい。あのスザクだから、おとなしくなどしてはくれないだろうけれど、膝に乗せて思う存分かわいがってみたい。
「ルルーシュ、顔がだらしなくなってるよ」
スザクは不機嫌そうに声を低くしてルルーシュの耳元でそう囁いた。そうしてルルーシュの腰に腕を回して重厚な外套の中にルルーシュを閉じ込め、ひたりと体を密着させる。
「だらしないとは何だ……!」
「今にもよだれ垂らしそうな顔してる。麗しの皇帝陛下がそんな顔するなんて、ジェレミア卿とかが見たら、きっと卒倒するよ」
よだれ、とは酷い言いようだ。いくら子供のスザクがかわいらしくとも、別に食べたいほどだと思っているわけではない。ついでに一体スザクはジェレミアをどんな目で見ているのだろうか。
どう言い返したものか、いい反撃が思い浮かばないでいるうちに、子供のスザクが横からルルーシュに話しかけてくる。
「おれは約束通りにルルーシュを皇帝にしてやったのか?」
少し不安そうな顔で見上げてくる子供のスザクに、ルルーシュは微笑みかける。
「ああ。スザクはきちんと約束を守ったよ」
「そっか。それで、おとなのおれはどこにいるんだ?」
ルルーシュが枢木家に滞在していたのは、もともと二年ほどの予定での留学だった。だから、スザクとルルーシュはとっくに離れ離れになっていても不思議はないのに、この小さなスザクは、自分がルルーシュのそばにいることを疑っていない。
子供のスザクは、ルルーシュを背中から抱きすくめるルルーシュの騎士を上から下までじっと眺めて、そうして独り言のように言う。
「やっぱり、おまえがおれなんだよな」
子供のスザクは、少し不服そうに口をとがらせてルルーシュの騎士のスザクを見上げる。
「そういうことになるね。お久しぶり」
「おれはおまえに会うのは初めてだぞ」
「うん、それで君は八年後に僕になって君に会うんだ」
「むずかしいことは、分かんない」
「待てお前達、なんでそんなに簡単に……!」
ちょっと順応性が高すぎるだろう。何のとまどいもなく、この異常事態を受け入れられるものなのか。ありえない。
「おれ、おとなになったらこうなるのか。もっとカッコよくなると思ってたんだけどな」
「うん、僕もそれは思った。……って、きみは僕なんだから当然か」
ルルーシュが戸惑っている間も、二人のスザクはまるでずっと前からの知り合いのように和やかに話を続けている。
「おとなのルルーシュはおとなのおれが騎士になってやったのか?」
「そうだよ。ルルーシュの騎士の一人、だね」
作品名:my fair little boy 作家名:さきさかあつむ