my fair little boy
「うん。こんなうまいの、はじめて食べた」
「そうか、それは良かった」
子供のスザクは良い食べっぷりで皿の上のパンケーキを平らげると、フォークを皿の上において、行儀良く手を合わせて食後の挨拶をする。
「ごちそーさまでした!」
「お粗末さまでした」
そうしてスザクはぴょこんと椅子から立って背伸びをするとルルーシュの方へと振り向いた。
「よし、じゃあ行ってくる!」
「今度はどこに行くんだ?」
「おやつ食べた後は、メカが、きしのこころえ? ってゆーのを教えてくれるってゆってた」
どうやら、このスザクはジェレミアにもしっかり懐いたようだ。
「そうか。がんばってこいよ。ジェレミアは厳しいからな」
「それ、知ってる。メカすげえ強いし。藤堂先生よりきびしーんだ。大きいルルーシュも仕事がんばれよ!」
そう言うと、子供のスザクは政務室から前室へと通じる扉を開けて出て行ってしまった。
最近は一人で食べる事が多かった夕飯も、子供のスザクと二人で一緒にとり、まだ残している仕事に戻って少しした頃、通信機のコールが鳴った。
通信は、今日のスザクの内偵のバックアップに当たっていたセシルからだった。内偵は順調に進んだらしく、これから帰還するという。今回は海上の孤島への潜入だから、最悪の事態のために偽装船にランスロットを積ませていたが、起動させることはなく、全ての目的を完遂したらしい。これから帰路につく、というから、スザクたちの帰還は早くとも深夜、遅ければ明け方近くになるだろう。
その通信を終えてから、今日の夕方にルルーシュのところまで持ち上がってきたばかりの概算要求を読んでいるうちに、いつのまにか夜も更けはじめる時刻になっていた。
明日は休暇を取ることになっている。一月以上も前から、スザクと同じ日に休みを取るために調整に調整を重ねてやっともぎ取った休日だ。スザクには、まだ二人同じ日に休日が割り当たっていることをまだ言っていない。明日の朝、スザクが今日の報告に来た時に驚かせてやるつもりだった。
(二人で休暇、といっても、この分だと明日も子供のスザクも一緒にいてやらないと、まずいだろうな)
スザクが二人もいるなんて、面倒を見るのが相当大変そうだ。
今日こなそうと思っていた分の仕事はすでに終わっている。時間も時間だし、そろそろ切り上げるべきだろう。ルルーシュは政務机の端に置かれた時計に目をやった。ルルーシュの記憶にある限り、丁度、子供の頃スザクが寝る時間と言っていた時刻だ。スザクは幼い頃から、軍人並に規則正しい生活をしていた。今日の昼間の様子からしても、きっと、あの子供のスザクも、ベッドの中にもぐりこんだところだろう。
ルルーシュは机の上を簡単に整頓してから席を立って、後宮へと向かった。後宮と言ってもルルーシュはまだ一人も后を娶っていないから、今は、ルルーシュがやたらとだだっ広い宮を一人で使っている。
子供のスザクの寝床は、ひとまずルルーシュの寝室の隣を使わせるように指示してあった。ルルーシュが即位する前もしてからも、使われずに開いていた部屋だ。静かにその部屋に入ってベッドのそばまで来ると、子供のスザクはぱちりと目を開いて、ベッドのなかからルルーシュを見上げる。
「おれ、ちゃんとおれのルルーシュのところに帰れるのか?」
ベッドはやはり慣れないのか、子供のスザクは居心地が悪そうに身じろいで、しきりにあたりを見回している。
「大丈夫だ。ちゃんと、今のオレのそばにも大きくなったお前がいるだろう?」
落ち着きなくあちこちをきょろきょろ見回しているスザクに、しっかり肩まで上掛けを掛けてやって微笑みかけてやると、子供はやっと大人しくなる。
「今日は朝しか一緒にいなかったじゃないか」
「オレが仕事を頼んだからな。スザクにしか任せられない重要なことだったんだ」
そーか、と納得したのかそうでないのか判別のつかない相槌を打つと、スザクは肩の辺りから両手をだして上掛けの端を掴んだ。そうして心配そうなまなざしでルルーシュをじっとみつめる。
「なあ、大きいルルーシュ、ナナリーはどこにいるんだ? 今日おしろのどこにもいなかったぞ。目と足はちゃんと治ったのか?」
「ああ、治ったよ。今日はナナリーも出かけていたんだ。ここにいるナナリーに会いたいか?」
「会いたい。ナナリー、きっとすごく美人なんだろ? それにおれ、ナナリーの目がちゃんと開いてるの、ルルーシュが見せてくれた写真でしか見たことないし」
(スザクのやつ、やはり、こんな頃から女たらしだ)
ルルーシュは、胸のうちでだけ盛大にため息をつく。子供でも、スザクはスザクだった。
「そうだったな。ナナリーもお前を見れなかったのを残念がっていたから、きっとお前に会いたいと言うだろう。明日のおやつの時間に会わせてやるから、今夜はいい子で寝るように」
「大きいルルーシュまでおれのこと子どもあつかいするんだな。おれは、もう、そんな子供じゃないぞ」
「そういうところが子供の証拠だな」
ルルーシュはザクの頭を撫ぜ、そうして額に軽くくちづける。あの頃は、スザクがやたらと照れるから、ルルーシュはスザクにお休みのキスを一度もしたことがなかった。今頃になってそれができるとは、なんとも不思議な、こそばゆい気持ちになる。
「おやすみ、よい夢を」
スザクはぱっと頬を染め、上掛けを掴んだ手でたくし上げ、目の下までベッドの中にもぐりこんで出してルルーシュを睨んだ。
「ちゅーは、好きな人とするんだぞ」
「オレはスザクが好きだから、権利はあるだろう?」
笑って言ってやれば、子供のスザクは耳まで真っ赤にしてベッドのなかにもぐりこんでしまった。
「ルルーシュはおとなのおれの方が好きなくせに!」
「スザクはオレの唯一の騎士だからな、もちろん好きだ。でも、今のお前も、好きだぞ?」
スザクは布団にもぐったまま出てこない。なにがツボだたのか、相当恥ずかしがらせてしまったらしい。
「今のは誰にも内緒にしておいてくれよ?」
膨らんだ布団がもぞもぞと動いて丸くなったから、きっと布団の中でひざでも抱えているのだろう。こんなかわいいころなど、今のスザクからはかけらさえ想像もつかない。月日とは恐ろしいものだ。
「それじゃ、オレも寝室に戻る。おやすみ」
膨らんだふとんの上から、ぽんぽんと軽くたたいてそう話しかけ、ルルーシュは椅子から立った。天蓋幕を下ろしていると、子供のスザクは、ふいに顔を半分だけ上掛けの下から出す。
「大きいルルーシュも、夜更かししないで、ちゃんとおなかしまって寝ろよ」
作品名:my fair little boy 作家名:さきさかあつむ