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15年先の君へ

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その10




あいつが手を引いて向かった先は、何のことはない。電車から見えたあの海だ。
今は時期外れだからね、と呟く臨也の言葉通り、浜辺には俺たちの他に人影は見当たらなかった。寧ろ歩いていた道中ですら、誰とも擦れ違わなかった。
打ち寄せる波の近くまで行くと、自然と臨也の手が離れる。
しばらく俺たちは無言のまま引いては返す波の動きを眺めていた。

「入らないの?」

不意に臨也がそう呟く。俺は誰がそんなガキ臭いことを、と一蹴したのだが、逆に、まだ高校生でしょ?と笑われた。

「はしゃいできなよ。せっかくここまで来たんだし」

俺はしかめっ面のまま口を引き結んで、しぶしぶながら靴に手をかけた。
靴下まで脱いでスニーカーの奥に突っ込み、濡れないような位置にそれらとバッグを避難させると、ジーンズの端を折り曲げた。
夏の終わりとはいえ未だ太陽の熱を帯びる砂は熱く、足を取られながら波に向かって歩を進める。
色の変わった砂を踏めばペタペタと泥が跳ねた。波の引いたそこには何の生物の姿もない。
足を止めると、足先が砂に埋もれた。引いていた波が返してきて、泡立ったそれに足首まで深く水中へと沈む。

「どう?」

臨也の声が直ぐ後ろから響いた。どうやらあいつは濡れるか否かのギリギリのところに立っているらしい。

「冷てぇ」

率直な感想をそのまま告げると、背後で笑い声が上がる。
憮然としながら、波に洗われる足先にどんどん積み上がる砂の重さを感じていた。

「海の水が熱かったら、人類はとうに全滅しているよ」

また胡散臭いことを口走る臨也の言葉を無視して、俺は足を引き上げた。どうやら満ち潮らしく、折り曲げた裾に飛沫が撥ねたからだ。

「もういいの?」

面白そうに俺を見上げる臨也の顔には、未だに似合わないサングラスが掲げられている。
俺は奴の質問には答えず、顔を背けたまま口を開いた。

「手前よぉ、」

どうにも視線が定まらない。遠い水平線に小さく見える黒い船は、石油タンカーか何かだろうか。

「俺と居るときくらい、それ、外したらどうなんだ?」

瞬間臨也は押し黙った。唐突過ぎて何のことかわからなかったらしい。

「それって、これ?」

恐らく己のサングラスを指差しているだろう臨也を、振り返ることは出来なかった。
顔が赤くないことを願うばかりだ。

「顔隠すためっつっても、ここは池袋じゃねぇし、人も居ねぇ。俺は手前のこと知ってるし、なら、別にいいじゃねぇか」

恥を誤魔化す為か、口下手な俺にしては珍しくぺらぺらと舌が回る。
俺の言い分を聞いていた臨也は、そうだね、と静かに返してきた。
それにほっと安堵の息をついたのも束の間、急に腕を引かれ思わず振り返った矢先。
視界が一面、色を失った。臨也の野郎が外したそれを、勝手に俺にかけてきたのだ。
暗くなった視界の中で、悪戯に成功した臨也がにんまりと笑う。

「あぁ、やっぱりこれは、シズちゃんが一番…」

そこまで言って急に奴が言葉を止めた。
一番何なんだよと、眉を寄せる。だが、臨也は徐々に表情を消していった。
なんだと思うと同時に、耳にかけれられていた奴の指が頬を包んだ。
有無を言わさず引き寄せられる。気が付けば口付けられていた。
瞬間、俺は雷に打たれたかのように全身が硬直した。
何が起こったのかわからない。事態が急すぎて脳の整理が追いつかないのだ。このときの俺は誰がどう見ても混乱していたのだが、そんなことに気付く余裕すらなかった。
唇を離した臨也がゆっくり瞳を開き、目が合っても俺は一言も声を出すことが出来なかった。
何も言わない俺をどう思ったのか、臨也が圧し掛かってくる。別に重くも何ともないのだが、放心していたことと、足場の悪さも手伝って俺は簡単に後ろに倒れた。

「うわ、ちょ、待ッ!」

倒れた瞬間手をついた泥が跳ね、その冷たさにようやく制止の声が零れた。ここは波打ち際であり、満ち潮である今は徐々に波が満ちて来ている。現に俺が今倒れたこの場所は当に砂の色が変わっており、視線を落とせば臨也のコートの端すら海水に触れていた。

「手前!濡れて」

る、とまでは続かない。再び呼気を塞がれたからだ。気が動転して、もう頭の中が滅茶苦茶だ。何だって急にキスなんかされてるのか。
俺は何のリアクションも出来ないまま固く瞼を閉じた。他にどうすればいいかわからなかったのだ。
徐々に息苦しくなり、突き飛ばそうかと思ったところでそっと離れる。解放されたそれに薄っすらと瞳を開けた。見下ろす臨也は、見たこともない顔をしていた。
何かを懇願するかのように俺を見ていた。俺が何か言う前に、慈しむようにそっと手のひらが頬を撫ぜる。

「…シズちゃん」

掠れた声で、ただ名前を呼ばれた。それでまた、キスが降ってくる。
だけど俺は、その一言ですとんと心が落ちた。
わかった。わかってしまった。
こいつがいま呼んだのは“俺”じゃないことくらい、いくら馬鹿な俺でも気が付いた。
投げ出されたままの両腕が、波に触れた。あいつに見えないよう、その中でグッと、泥を掴んだ。


作品名:15年先の君へ 作家名:ハゼロ