15年先の君へ
その2
鈍い音を立ててサッカーゴールが地面に落下した。人の山の中に突っ立って、息をつく。入学式当日だと言うのに妙な言いがかりを付けられ、思うが侭暴れた結果がこれだ。
静かになった校庭に、パチパチパチ、と乾いた拍手が起こった。振り向けば、顔馴染みの新羅の隣にひとり、見たことがない男が試すようにこちらを見ていた。
「静雄くん、彼は中学が一緒だった折原臨也くんだよ」
新羅の言葉にピクリと眉が動く。オリハライザヤ、オリハライザヤ。あぁ間違いねぇ。今朝会ったあの胡散臭ぇ野郎が言っていた名前だ。
「手前がオリハライザヤか」
「おや?知ってくれていたとは光栄だ」
俺は答える代わりに地面を蹴った。右手はそのまま奴が乗っていた台を破壊するものの、肝心の奴は取り逃がしたようだ。
見失った姿を探していると、背後から嫌な気配がした。振り向くと同時に後退する。だがそれより早く銀色の刃が弧を描いた。
制服が切れ、ピッと一筋赤い線が走る。切られたのだと認識すると、目の前の男を睨みつけた。
「なんで急に殴られなきゃいけないのかな?」
「うるせぇ!朝からずっと溜め込んでたんだよ」
わけがわからないことが続き、いい加減苛々していた。先ほど山のような数の人を伸してもすっきりしなかったのは、このオリハライザヤのせいなのだ。
コートの男は関わるなと言っていたが、そんなことはどうでもよかった。ただぶん殴らなければ気がすまねぇ。
額に青筋を立てていると、ナイフを俺に向けたまま、奴は大仰なまでに溜息をついてみせた。
「君さぁ、八つ当たりって言葉、知ってる?」
「あーうぜぇうぜぇうぜぇ!」
べらべらと口を動かす人間は大嫌いだ。口から勝手に、殺す、なんて言葉が飛び出して俺は再び地面を蹴った。
オリハライザヤはのらりくらりと俺の暴力から身を逃れる。あと少しで仕留められそうなのに、今朝のあいつといいこいつといい余計に腹が立つ。
今も俺は逃げる奴の背中を追っていた。追いつけそうで、距離は縮まらない。いつの間にか俺たちは学校を抜け、通学路を渡り、雑居なビル群の間を縫っていた。辺りは既に薄暗く、夕焼けですら沈みかけている。
視界の先であいつが左に折れた。確かその先は直線道路になっていたはずだ。逃がすものか、ぜってぇぶっ殺すと、俺は奥歯を噛み締める。
だが、不意に横から伸びてきた手に腕を掴まれた。突然のことに思わず足が止まりかけるものの、その手に有無を言わさず引っ張られる。
「、なんだァ?」
「シッ」
俺の手を引く男が振り返った。唇に人差し指を当て、黙るように催促するのは、真っ黒なコートを頭から被ったサングラスの似合わない男。
「っ手前…!」
「いいから走って。早く!」
「なにをっ…」
相変わらずわけのわからない行動に切れそうになるが、その額に脂汗が浮かんでいるのを見て目を丸くする。そういえばさっき一瞬だけ見えた奴の顔はあまりに蒼白で、よく見ればこいつは走ることですらやっとと言った有様だった。予想外の出来事に怒りを削がれ、押し黙る。無言のまま、闇へ闇へと走っていった。