15年先の君へ
嬉しそうにぽつりと呟いた静雄の言葉を聞いた途端、俺は衝動的に彼へ手を伸ばし、そのうるさい唇へと噛み付いてやった。
はじめこそ驚いたシズちゃんも、そっと背中に手を回してくる。人ひとり簡単に殺せる力を持つくせに、殊更優しく触れる手のひらが嫌いだった。
大人しくなったシズちゃんを一瞥すると、俺は唇を離した。手の甲で拭ってから、立ち上がろうとする。
が、裾を何かに引っ張られた。見れば、俺のコートの端を掴む静雄の指があった。
「いざ、や」
たどたどしく名を呼ばれ、グッと言葉に詰まった。頭の中で言うべき言葉が全て吹き飛んだ。
どうしてこうも、シズちゃんだけがうまくいかない。シズちゃんだけが、俺を掻き乱す。シズちゃんだけが、泣きたくなるほど。
俺は奥歯を噛み締めて、振り払ってやるつもりだったその指先を掴んだ。引き上げれば、その身体は軽々と持ち上がる。
「…帰るよ。暗くなるし」
目を合わせてられなくて、背を向けながらそう告げる。これ以上ここに居たら、駄目な気がした。
俺が歩けば、後ろの彼も黙ってついてきた。未だにその手のひらは握られていたが、ふたりとも、何も言わなかった。
ただ今だけ。人生の中でたった今だけは、この手の温もりを、どうしても離せなかった。