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15年先の君へ

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その5




平日の夜。普通の人間なら晩飯を食って風呂でも入ってゆっくりするか、テレビでも眺めてごろごろしている時分に、俺はファーストフード店の片隅に腰掛けていた。
テーブルにはセットメニューがひとつと、夏の暑さで汗をかいた烏龍茶がひとつ。
ちょっとばかり照明を落としたここは薄暗く、人もまばらになったものの未だ店内は騒がしい音を立てていた。
こんな中でサングラスなんかかけていては見えにくいのではないかと俺は思うのだが、目の前の男はそんなことを気にしている風でもなく、にっこりと俺に笑いかけた。

「それ、どうしたの」

面白そうに指を指された先には、俺の右腕をぐるぐる巻きにする包帯があった。慣れない左手で、ともすれば飛び出してしまいそうになるハンバーガーと悪戦苦闘していた俺は、かぶりつくのを諦めてそれをトレイの上に戻す。

「…どうせ知ってんだろ」

臨也はさも楽しそうに笑い声を上げた。それに構わず、俺は再度ハンバーガーに挑戦することにする。

「公園の滑り台を持ち上げようとしたら折れたんだっけ?よくまぁあんなの持ちげようと思うよね」
「手前のせいだろうが!」

いつまで経っても笑い続ける臨也に俺は舌打ちをする。現在の臨也を追いかけるうちに右手が折れてしまった。帰り際新羅のところに寄って手当てだけしてもらい、帰宅しようかというところでこいつから連絡があったのだ。
こいつの顔を見ているとあいつを思い出して苛々してくる。衝動のままハンバーガーを潰してしまわないうちにと乱雑にかぶりついた。ソースやらマヨネーズやらが反対側からうにゅっと飛び出すが、気にしてる場合ではない。
案の定べたべたに汚れる俺の左手を見かねて、奴が呆れながらペーパーナプキンを差し出してきた。
それに俺は少しだけ反応が遅れ、素直に受け取った。あいつと同じ顔で気を遣われると、戸惑ってしまう。
本当にこいつはあの折原臨也なのかと、不思議に思うことがある。人を食ったような笑みや面倒な言い回しはたしかにあいつと同じだが、たまにふっと違う顔を見せた。
この折原臨也は、俺に妙に優しかった。骨折することを知っていて看過するような奴が何をと思うのだが、今のように些細なことであいつとの違いがはっきり表れている。
未来の俺と結婚しているなど性質の悪い冗談だと思っていたのだが、あながち嘘でもないような気がしていて、俺は微妙な気分になる。

「なに?その顔」
「いや…手前は食わねぇのかよ」

バツの悪い会話は流して、適当に話を振る。俺はセットを頼んでいたが、こいつの前には烏龍茶しか置かれていなかった。

「俺、あんまりこういった店好きじゃないんだよね」
「あ?なら別んとこ行きゃーよかっただろ」
「うん。でもさ、シズちゃんはジャンクフード好きでしょ?」

かぶりつこうとしていた口がピタリと止まる。視線の先で、いかにも愛しげに俺を見る折原臨也と目が合った。
見られていたという想いと、好きな食べ物がばれていたという想いと、そんな奴のこそばゆい気遣いとがごちゃ混ぜになり、思わず顔に血が昇る。
俺はハンバーガーを置いて、誤魔化すようにシェイクを音を立てて吸い上げた。

「あはは、照れてる照れてる」
「…っ、るせぇな!」
「はいはい怒らないで。せっかくのシェイクが零れるよ」

折原臨也は俺のポテトを摘むと、勝手に口に含んだ。微妙な顔をして咀嚼すると、しょっぱ、とだけ呟く。
最近気付いたことにもうひとつ付け加えておくならば、こいつは俺の扱いに長けていた。
俺が言うのもなんだが、俺ですら持て余しているこの沸点の低さと力をどうすれば回避出きるのか、こいつはよくわかっていた。
あいつと同じ折原臨也であるので苛つかないことはないのだが、それを爆発させる前にうまいこと静めてくれる。慣れていると言ってもいいだろう。だからこいつと居ても俺が暴れまわるなんてことはなく、それは同時に奇妙な安心感すら覚えるようになっていた。絶対に口にすることはないが、たまにかかってくるこいつからの連絡を楽しみにしていたりもする。

「…そういえば、手前今どこに住んでんだ?つーか、携帯料金とか払えてんのか?」
「おや、心配してくれるんだ」

茶化す言葉に青筋が額に浮かぶが、奴はそれ以上とぼける気はないらしく、大丈夫だと答えた。

「俺は一度この時間を経験してるからね。趣味で情報屋なんてやってたおかげで、たいていのことはわかる。そういった知識があれば、住む場所だってお金だって何とかなるものだよ」
「…十五年前のことなんざ、よく覚えてんな」
「情報なんていうのは繋がってるんだよ。特にこの池袋なんかじゃ、意外な人と意外なところで関係を持ってたりする。ひとつを思い出せば、芋づる式にずるずる出てくるものさ」

俺は残りひとくちとなったハンバーガーを口に放り込んだ。今のあいつもそうだが、こいつは無駄に頭が切れる。もっとマシなことに使えばいいものを、と奴の顔を見た。

「じゃあシズちゃん、本題に移ろっか」

サングラス越しに細められる瞳に、俺は少なくなったシェイクを吸い上げた。


作品名:15年先の君へ 作家名:ハゼロ