東方無風伝 その5
何も無い綺麗に片付いた部屋。
白玉楼で俺が借りていた部屋だ。今ではもう塵一つ無いだろう。
「あら、随分に綺麗に片づけたのね」
と西行寺。相も変わらずその気配は読めず、突然現れたようで少しばかり驚いてしまう。
「こんなに綺麗にしちゃって。別に良いのよ、いちいちそんなことしなくても。どうせ使わない部屋だから、直ぐに埃が溜まるでしょうから」
だからと言って、汚いままにするわけにはいかない。これが礼儀と言うもの。
「そんなの、気にしなくて良いのに」
そう言う西行寺は、俺の言葉がどこか可笑しかったのか、何時も通りに上品に笑う。
「もう良いの?」
主語が抜けたその科白(せりふ)は、何を伝えたいのか解り辛い。それでも、今の俺には理解出来るし、西行寺とて、俺がどうするかを解っていて言っているのだろう。
「強い力は、欲しいさ。それでも、もうここでは望めない」
「酷いわね。まるで妖夢が役立たずみたいね」
「あの子には、随分と世話になった。それでも、あの子はまだ半人前だ。魂魄流を熟知していない。これ以上は望めない」
「そう。だとしたら、これからどうするのかしら。その不完全で中途半端な力を持ったまま、幻想郷を歩くと?」
「弱いわけじゃない。以前に比べ、剣術を学び、確実に強くなったと言えるだろう。後は、自己流でなんとかするさ」
「そう」
たった二文字の短い返事をする西行寺。
少しだけ考える素振りを見せて、彼女は言った。
「貴方は精神的なところは弱い。だから私は、貴方に肉体的に強くなれる助言をするわ」
「ぬ?」
「幻想郷には、紅魔館と呼ばれる館が在るわ。其処に、拳法の達人がいるわ。頼めば、気前よく弟子入りさせてくれるわよ」
「……そうかい、気が向いたらそうさせてもらおう」
拳法の達人、か。そう言われるとその紅魔館とやらに興味が沸いてくる。幻想郷で生きるには、もう十分な力を得たかもしれない。それでも、もしかしたらまだ足りないかもしれない。強い力を持って困る事はないだろう。それならば、その紅魔館とやらに向かうのもまた有りだ。
「妖夢に、宜しく言っといてくれ」
「あら、私には何も無いの?」
「そうだな……二度とお前さんの顔を拝むことが無いように祈ってるよ」
「ひどーい」
と言っても、彼女は俺の冗句を理解しているだろう。
此処はあの世。俺が死ぬことが無いようにと言う一つの挨拶だ。



