東方無風伝 その5
「全てにおいて人間に勝る力を持っている。そのことを自覚している。それは慢心を生む」
「そうね、例えば、一国の王となった者は、自分ならば世界をも手中に出来ると調子に乗るわね」
「例えば、自分の恐怖は根源から叩き潰そうとしたり」
「恐怖とは、誰にだってあって然るべきモノ。潰そうだなんて思わないことね」
「だが、抗う行為とて、あって然るべきモノ。怖いものは怖いからな。逃げたくて仕方が無いさ」
「そう言う貴方の恐怖は何かしら?」
「饅頭が怖いな」
「あの蟲の卵を彷彿とさせるつやっとした丸いフォルム」
「そして中身の餡子が――――」
「はいはい、其処までにしましょうね」
俺の眼の前、八雲紫と俺の間に、突然酒が注がれた杯が現れる。
「西行寺」
「幽々子」
杯を差し出した人物は、西行寺だった。
何時も通りのあの柔らかな笑みを浮かべたまま、彼女は言う。
「何時までも下らない腹の探り合いは止したらどうかしら? 此処は酒の席よ。呑んで騒いで楽しまなくて、損というものじゃなくて?」
西行寺が差し出す杯を一瞥。
顔を上げれば、呆れた様子の八雲紫と眼が合う。
「その通りね、幽々子」
「全く以ってその通りだな、西行寺」
西行寺の言う通り、此処は宴会場だ。楽しく騒ぐ場所なのだ。辛気臭く下らない話を、武器を構えながらする場ではない。
俺の持つ刀、鬼灯を下げれば、八雲紫もほぼ同時に扇子を
下げる。
「頂くぞ」
「どうぞ」
西行寺の持つ杯を受け取り、ぐいっと飲み干す。空になった杯を置き、口元を拭い八雲紫に声を掛ける。
「八雲紫、貴様も呑んだらどうだ? 此処に来て一滴も口にしていないだろう」
「そうね、藍、酌をお願い」
「畏まりました、紫様」
突然の下らない命令にも文句の一つも言わず実行する藍。部下としては、彼女は優秀なのだろうな。
「ん?」
「何が……」
「始まったわね」
その変化に気付いた俺と藍が同時に疑問の声を上げれば、西行寺は予見していたかのように始まりを告げた。



