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国城 龍耶
国城 龍耶
novelistID. 24182
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東方無風伝 その5

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「寒い……」

「紫様、これは一体」

 つい先程まで、夜とはいえ過ごし易かった気温が、一気に下がったのだ。まるで冷蔵庫に閉
じ込められたかのように。

「白玉楼の春が終るのよ」

「ああ、そうか。だからか」

 そう言えば西行寺が言っていた。今日で白玉楼の春が終ると。その瞬間が訪れたのだ。
 春は過ぎ去り、いよいよ本当の季節、冬がやってくるのだ。

「よく見なさい。一生に一度、見られるかどうか解らない光景よ」

 桜が死んでいく。
 あの嫌になるほどに沢山咲いていた桜の花弁が一斉に散らばって逝く。
 つい先程まで生きていた白玉楼の桜が皆息を揃えて死んでいく。
 大量の花弁が舞う白玉楼。幾千、幾万と言う数の花弁は、月の光を浴びながら舞うその光景は酷く美しく、生の儚さを憂える幻想の姿だった。

「素晴らしい……」

 月並みの表現だが、その光景にはその表現が最も適切であった。それ以上の言葉なんて思いつかない。それ以下の言葉なんて似合わない。美しさの体現。それがこの桜だった。
 死んでいく桜。
 花弁が散り、色濃い緑色の肌を晒していく。それを見ると、桜が死んだとより一層感じてしまい、感傷に浸ってしまう。

「美しいでしょう、桜の死に様は」

「ああ……こんなにも美しく飾ることが出来るのだな」

 桜は毎年春になれば生き返り、花を咲かせ散る。延々とそれを繰り返す。桜が散りゆく様を見るも、もう数え切れない程だと言うのに、俺は今まで見たことが無い桜の美しさに魅了されていた。
 儚く、そこはかとなく幻想的に。桜は散りゆく。

「終ってしまうのか……」

「ええ、終りよ。死が終るわ」

 始まりに終りがあるように、生に死がある。これは絶対だ。
 今桜の死が終ろうとしている。花の石竹より、枝の緑が多くなってきた。やがてそれは、完全な緑一色へと終りを告げる。
 生に溢れた桜花欄間だった景色は、素朴で詰まらぬ景色へと変わりきってしまった。

「有難う、西行寺」

「何がかしら」

「こんなにも美しい死を魅せてくれて」

「……」

 桜の石竹に埋もれた庭を見ながら、西行寺は返事をしなかった。
作品名:東方無風伝 その5 作家名:国城 龍耶