【APH/東西兄弟】唯一人のための。
立ち上がったルートヴィッヒは、未だ目を据わらせたまま場内を睨みつけるギルベルトの頬に唇を寄せた。人前だとか、誤解や余計な茶々を招きかねないとか、そのような事はもはやどうでもいい事のように感じていた。ごく当たり前の感謝と家族としての親愛を示す行為を、咎められる謂れなどない。開き直りにも似た感情で、ダンケ、という言葉とともに唇が頬へと触れれば、瞬く間にギルベルトの表情は一変し、機嫌良く笑みを浮かべた。
「ビッテ、じゃあもう飲みに行こうぜ! あとの事は国に戻ってから話し合えばいいし、こんなまとまりのねえ連中との会議よりは国内の会議の方がお前も楽だろ」
ぐい、と強引に腕を引かれたが、それに抗わずにルートヴィッヒは兄の後に続いた。ギルベルトが勝手にまとめあげてくれたならば、これ以上この場に留まり無駄な時間を過ごす必要もないだろう。どうせまともに会議をする気など皆無な連中だ。このまま抜けてしまおうと、文句を言われる筋合いなどない。
本来ならば、ギルベルトが口を挟むべきことではないのかもしれない。いくら実質は二人で国を支えて来たとはいえ、今この国を背負うのはルートヴィッヒの役目だ。けれどいつも陰ながら支える兄は、ここのところの惨状に見かねて手を貸してくれた、その事は単純にありがたい。普段抱え持っていた苛立ちを自分に変わってぶつけてくれた兄に、ルートヴィッヒは珍しい程晴れがましい心持ちだった。
「……兄さんは、すごいな」
子供の頃から幾度も感じて来た事を、何の臆面もなく素直につぶやけば——傍らの兄は、ケセ、と特徴的な声を上げた。
「そうだろ! 俺様最強、最高ー!」
機嫌良く紡ぐ言葉が相変わらずの調子で、ルートヴィッヒは途端に眉をひそめた。ルートヴィッヒの兄が、如何ほどに有能なのかは言われずとも知っている、だからこそ――それを調子に乗って自画自賛してしまっては、全てが台無しだ。見た目も良い、力も知力も決して劣らない兄が、けれどどこか残念なのは、間違いなくこの性格のせいだ。
冷ややかなルートヴィッヒの視線に、ギルベルトは笑む。それはやけに楽しそうで、呆れる弟の姿を楽しんでいるかのようにも映り、ルートヴィッヒは深々と溜息を吐いた――それとほぼ同時に、低い囁きが落とされた。
「……馬鹿言うな。俺は戦いしか出来ねえならず者だ。俺に出来るのは、お前のかわりに凄んでやる事ぐらいだ」
先程の発言とは打って変わって顰められた声は、けれどはっきりと聞き取れた。茶化されないその言葉こそギルベルトの本心なのかと――ルートヴィッヒの眉間には先程とは違った意味で皺が刻まれた。
まさか、そのような事はあり得るはずもない。兄の築き上げた国が、どれほど素晴らしい国だったのかは、ルートヴィッヒが誰よりも知っている。文化も法も、当時の欧州では抜きん出ていて——幼いルートヴィッヒが、どれほど兄の国を誇ったのか、彼は知らないとでもいうのか。
いつでも無意味に自信過剰で自意識過剰な兄は、どうして肝心なところでは陰に入ろうとするのか。あれほど目立ちたがりのくせに、どうして最後には裏方に徹して支えてくれるのか。道化を演じてみせて、手助けしてくれるのか——。
「ヴェスト、お前はよくやってるじゃねえか。剣や銃を突きつけて従わせるような外交しかしてこなかった俺には、今のお前みたいな事は出来ねえ。欧州で協力してやってくなんて発想はなかったからな。自分の国の領土広げる事しか考えてなかったぜ——けどお前は違う。俺には出来ねえことをやってる。お前は俺の誇りだよ、ヴェスト」
いつになく真摯に紡がれる声に、ルートヴィッヒは瞬間言葉を失う。眩しそうに細められた瞳が、どこまでも優しい。
それは、紛れもなく『兄』の顔だった。ここまで育て、導いてくれた、兄としての愛情を未だに忘れていないギルベルトへと――ただルートヴィッヒは、深く深く敬愛の念を抱いている。
「いや、まだまだ俺は若輩だ。だから兄さん、これからも俺を助けて欲しい」
これからも、どうか兄弟で協力し合ってやっていけるよう。
それは祈るような願いだった。国民達も、自分たちも、もう二度と家族と引き裂かれる事のないようにと——。
「ま、しょうがねえな。小鳥のようにかっこいいお兄様がついていてやるから、大丈夫だぜ!」
無遠慮に肩を叩く兄は、また態度を一転させ騒がしく高笑いをはじめる。先程までの発言を台無しにするような言動に、ルートヴィッヒは苦笑をするが——けれどこれこそが兄だ。振り回される事も、口で言うほど苦痛ではない。
「よし、じゃあ行くか!」
浮かれた口調のギルベルトに、小言をこぼす必要はもうない。仕事は切り上げた。多少強引ではあったが、やる気のない連中を一応まとめたのだから、問題はないはずだ。今からは、兄弟水入らずでの食事だ。ゆっくり楽しんだところで、誰にも文句は言われないだろう。
Ja、と返すルートヴィッヒの唇も、自然と弧を描いた。それは彼が普段意識して微笑もうとする表情よりも、ずっと穏やかで自然な笑みだった。
Das Ende.
作品名:【APH/東西兄弟】唯一人のための。 作家名:Rabi