いつかの夏花火
素直に告げると、高杉は花火を背中に背負ったまま暗い神社の境内の階段に座る銀八をみつめた。
何か、言いたいのに言葉がでない。そんな顔をしている。きゅっと噛み締められた唇が愛しかった。
「高杉」
おいで、と手招きすると存外素直に歩み寄ってきた。懐かない猫が体を擦り寄らせる瞬間の喜びに似ている。
座って、と指を指すと照れ隠しなのか不貞腐れた顔のまま銀八の隣に腰をかけた。黙ってしまうと、途端に静寂が包み込む。草の根にいる虫の声と花火の音。河原の方から聞こえる人々の声もどこか遠い。
銀八もただ、ぼんやりと夜空を見上げていると肩に小さな重みが加わったことに気がついた。高杉だ。尖らせた唇は「仕方なくだ」と言わんばかりで可愛いと思った。
小さく笑って袖のに忍ばせていたものを取り出した。
「はい」
「?」
手を取って、握らせる。
ゆっくりと開かれた掌に乗っていたのは鍵だ。
「…これ」
きょとんと目を丸くして銀八を見上げてくる。
「誕生日。お前が今一番欲しいもの、やったつもりなんですけど」
「……」
悪態をついてくると思われた高杉からは何もなく、ただじっと鍵と銀八とを交互に見詰めて発せられる言葉を探しているようだった。
一を言えば、十も二十も返ってきた彼とは違う。
「いらね?」
人差し指で掌を突付くと貝のようにぎゅうと閉じられた。
「いる」
「そ? 帰ったら…ちゃんとケーキ食おうな」
ホール、買ったから。
などと涼しい顔をする。
「銀八」
「なに」
「あり、がと…」
「はい、よくできました」
不本意そうではあるが、暗闇の中、高杉の頬が朱色を刷いているので良しとする。
「あ、高杉」
「…?」
「おめでと」
「…ん」
「今日は先生の家にお泊りコースだよね」
「…淫行教師…」
「ひど、キスしかしてねぇだろ、まだ」
何も知らない無垢な魂でよかった。
過去の業を背負うことなど、高杉はしなくていい。
全部背負うよ。
あのとき、捨て切れなかった全ての物のために高杉を切り捨てた。本来ならば、何も知らない今の高杉ではなく、腕の中で喪ったあの彼に言うべき言葉なのかもしれない。
だけど、背負うよ。
お前がこの世界に生を受けた日、きっと声を上げて泣いた。
その奇跡に感謝して、初めていもしない神に祈った。
今度こそ。