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【新刊サンプル】極彩色の夢をみようよ【5/4 SCC】

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「あれ、デリックお前、イギリス国籍なの」
 パソコンのキーを叩く俺の手元と沢山のブラウザやアプリケーションがめまぐるしく動いている画面を交互に見ながら、デリックが瞳をきらきらさせている。
「うっわ、すっげえ! 臨也おまえ凄いんだな!」
「質問に答えろよ……」
 俺はうんざりしてみせた。
 平和島静雄の姿で尊敬のまなざしを向けて来られるというのはなんとも気持ちが悪い……という感情はしかし、実はとっくに通り越していた。
 最初こそ、よりにもよってなにもこいつに憑かなくても、と思ったけれども、自分のことを嫌い抜いているはずの奴にこうやって懐かれるというのはなかなかに倒錯的で、意外と悪くないものだった。
 池袋の極道の二大勢力それぞれから身を狙われているらしいこの男をどうするのが自分にとって一番楽しい状況になるか、せめてそれを見極めるまでの間、俺はとりあえず『デリック』を手元に置いておくことに決めた。
 そのため当面はこの新宿の事務所を使用し、池袋の事務所のほうは優秀な秘書の矢霧波江に任せることにした。つまり実質的にしばらくの間、俺はここで、平和島静雄に入った『デリック』と同居することになった。
 慣れない身体で力加減がわからないせいだろう、ドアノブや電気のスイッチやテレビのリモコン等を片っぱしからひととおり壊されたし、煙草を吸いたがるのを押しとどめて俺がいないときにベランダでしかも人目につかないよう隠れて吸うだけにしろ、と説得するのには骨が折れたが、それ以外は犬を一匹飼っているのとあまり変わりがなかった。
 蒸発する直前の記憶がなく俺ほど日本語でのおしゃべりが堪能ではないので、デリックの身体の現在地を捜すための手掛かりにはならなかったが、俺を苛立たせるような事も言わずむしろ穏やかにしてくれる雰囲気をデリックは持っていた。もっとも、外見を見なければ、の話ではあったが。
 今も、画面から目を離さない俺の背後で、デリックは頭の悪い大型犬のようにうろうろしながら俺の作業を眺めている。
「なあ、なんで俺の国籍までわかったんだ?」
「お前が盗まれたっていうビザのデータを調べたんだよ」
「そんなことできるのか!?」
「まあ、俺くらいになるとね。他にも色々……ああ、なるほど、ロシアに居たのは父親の仕事の都合で……っていうかさあ、なんでビザ盗まれて何ヶ月もそのままにしてたんだよ、悪用してくださいって言ってるようなもんだよ」
「どこに言えばいいかわからなかったんだよ。後で言おうと思ってるうちに忘れてたんだよ」
「馬鹿じゃないの」
「ばかじゃねーよ」
「馬鹿だね」
 違法に取得した電子データを見ながら俺が罵倒するとデリックはぷくりとむくれたが、怒りはしない。平和島静雄の顔をしているくせに。この顔に対して思う存分悪態を突けるこの状況の、なんと愉しいことか!
「馬鹿だから極道二大勢力のどっちからも目をつけられたりするんだろ。ホント、何やったのさ」
「何って……知らねえよ。明日機組の方はパパがいるから俺の居場所なんてわかってるはずだしさ」
 前言撤回。パパ、という単語がその口から出てきたので俺はぞわりとした。おっさんの愛人やってるシズちゃんとか気持ち悪くて想像もできないのにその片鱗を見せられたら想像せざるを得ない。
「……今後俺の前でその、パパっての、口にするのやめてくれるかな」
「なんで?」
「気分悪いからだよ」
 それを聞いて何故かデリックは頬を赤らめた、ような気がしたけれど、ちゃんと確認したわけじゃないから俺の気のせいかもしれない。
 そんなことよりも俺は、目の前の画面と携帯電話から入ってくる子飼いの情報屋からの報告に集中していた。事のあらましをいかに多く早く把握できるかが、今後の行動における危険回避の決め手になるからだ。
「……ていうかさ、デリック。その、パパ、っての、入院してるよ」
 えっマジで? とデリックが寄ってきた。ほら、と画面を指し示してやったが、画面上に表示されているのはドイツ語で書かれた医療カルテである。デリックは目を細めて唸った。
「読めねえ」
「だろうね」
 俺が言うとデリックはげんなりした。ああ、そう。その顔だよ、俺がいつも見てるのは。機嫌よく俺は解説してやった。
「二日前に腹部を刺されてる。けど、脂肪のおかげで大事には至ってない。傷口がふさがるまで念のために入院してるだけだ。しかし、妙だな。誰に刺されたんだろう」
「犯人が捕まってないのか」
「というか、捜してもいないみたいなんだよねぇ。通報してないってのはまあわかるけど、それでも、仮にも幹部が刺されたんだから事務所はもっと殺気立つ筈だ。けれどもなぜか、表面上は異常なほどに穏やかだ」
「つまり?」
 デリックは忠犬のように俺の言葉の続きをじっと待っている。つまり、と俺は言葉を続けた。
「身内の犯行、ってことだろうね。それも、被害者と非常に近しい人間だ。家族か、もしくは、下っ端じゃ処罰できない、よっぽど可愛がられてる愛人、とかね」
 俺はそこで言葉を切って、自分の後ろに立つ男を見上げた。
「その愛人が、粟楠会に金を積まれて、凶行に及んだ。そういう推理がまことしやかに成り立つよね」
 男の顎に手をのばすと、男はフイと横を向いて、小さく呟いた。
「俺は……やってない。たぶん」
 たぶん。
 ふはっ、と俺は思わず笑った。
「多分って何だよ、多分って」
「おぼえてないんだよ……でも多分、やってない……と、思う」
 自信なさげな白スーツの男の背中を俺は笑いながら叩いた。
「いいねえ、面白くなってきたよ。俺は探偵じゃないけど、もう少しこの件についてはちゃんと調べることに決めたよ」
 いままではちゃんと調べてなかったのかよ! というデリックのツッコミは流した。ちゃんと調べていたけれども面白くなったのは今なんだよ。
 どうやら俺の手元に転がり込んできたデリックという手札は、ジョーカーだったらしい。一枚で戦局を左右する、最強の影響力を持つ手札。
 俺はわくわくしながら更なる情報を集めるべく、上着を羽織って出かける支度をした。
「出かけるのか」
「うん。ちょっと池袋にね。ああ、君はしばらく外に出ないで大人しくしてるように。その姿の君をデリックだとは誰も認識しないだろうけど、平和島静雄も関係者としてカウントされてるから、攫われたりしかけて返り打ちにして、とかいうことになるとまた面倒だからね」
 反論する暇を与えず、じゃあイイ子で待ってるんだよ! と言い置いて、俺は部屋を後にした。