【新刊サンプル】極彩色の夢をみようよ【5/4 SCC】
それは昨日のことだった。
「ミスターデリックという人物の情報が欲しい」
情報屋家業において馴染みの取引先である目出井組系粟楠会。その幹部、四木からの依頼だった。
「誰ですか、それ。手品師ですか?」
「いえ、ホストです」
軽口に応じず四木は淡々と話を進めた。
「フルネームは、トマス・デリック。スペルはロンドンの有名な死刑執行人と同じ。池袋のサイケデリック・ドリームスという店でホストとして働いていたことだけはわかっています」
「なぜ探偵にご依頼なさらないので? うちは情報屋ですよ」
「探偵に依頼して掴めた情報がファーストネームだけなんですよ。そしてその探偵は現在、入院中です。治療中なので詳細を聞けず原因は不明ですが、ブルドーザーと喧嘩したような大怪我をしましてね」
「ははあ、それで私に依頼を? 私だってブルドーザーと喧嘩したら負けますよ」
「ブルドーザーに勝ちそうな男といつも互角に渡り合っていらっしゃるじゃないですか」
そう来たか。
こちらが反駁するより先に、極道の世界で多くの人間を束ねている男が、有無を言わせぬ独特の迫力を言葉の裏に込めながら言った。
「そんなわけで、普通の探偵さんに頼むような事態じゃないと判断しましてね。彼に関する情報をできるだけ多く買いたい。特に現在地を。可及的速やかに。報酬はこれでいかがですか」
提示された額を一瞥して、俺は大袈裟に溜息を吐いてみせた。
「何度も言いますが、私は情報屋です。人捜しは畑違いだ」
「ああ、そうでしたね。これは失礼」
すると相手はやけにあっさり引き下がった。
「いや、申し訳ない。折原さんには些か荷が重い依頼でした」
「いえ、別に、荷が重くはないんですけどね。専門外の依頼まで受けられるほど暇でもないので」
いつもなら俺はあまり仕事を選ばない。が、デリック、という名には憶えがあったし、なんとなく嫌な予感がしたのだ。以前に腹を抉られてからこっち、俺も少しは自分の勘というものを重視して、慎重になっていた。
しかし相手も、今回の件についてはどうしても俺に依頼を受けさせたいようだった。
今にして思えば、デリックが俺のことを捜している、くらいのことは掴んでいたのかもしれない。
「ええ、わかりますとも。難しいことを申し出て申し訳ありません。忘れてください」
だから難しいわけじゃないっつってんだろ。そう言いそうになるのを抑えて、ふう、と息を吐いた。
「……親族関係についてわかっていることはありますか」
「それについては私から提示できる情報はありません」
自分で探れということか。言えないということは、組関係の繋がりにあるのだろう。面倒だな。
「写真は?」
「ありません。提示できる情報は以上です。やっぱり、無理ですか?」
「いえ。割増料金になるだけです」
「頼もしい。では、よろしくお願いします」
先程の提示額を二割増しにして見せられたので、俺は了承し、車から降りた。そうしてすぐに人の波に紛れた。
せめてホストとしての源氏名くらい聞いておけばよかったな、と、歩きながら気付いた。まあ、あとで調べればいいか。四木の旦那もそのくらい教えておいてくれればいいのに、と思っていると、内ポケットの携帯が振動した。
四木は、会った後すぐに、伝え忘れていたことがあるなどと言って電話をかけてくることが多い。自分からの依頼内容を誰かに漏らしてはいないかの確認と、おそらく、威嚇のために。
なので反射的にそれだろうと思ったが、四木ではなかった。着信が来ていた携帯電話は、四木の属する粟楠会の系列・目出井組とは杯を交わす予定ながらも微妙な対立関係にある、明日機組との連絡用のものだった。
「はい、折原です」
「……依頼があるんだが、今はお一人ですか」
「はいはい、何でしょう」
「デリック、という人間の居場所を知りたい。場所も生死も問わない」
「デッドオアアライブ、ですか。物騒なことをおっしゃいますね」
思うところは多々あったが、俺は軽口の裏に内心を隠した。
作品名:【新刊サンプル】極彩色の夢をみようよ【5/4 SCC】 作家名:463