王子様と私
その一・世界W学園の憂鬱
世界のどこかにある、特殊学園・世界W学園。
国に生まれたからには一度は通わなくてはならないというその学園で、自分は今もっとも憂鬱な生徒である。
少なくとも、セーシェルの感覚ではそうだった。
南の国の黒い髪・黒い瞳に健康的な褐色の肌、慣れなかった制服も板についてきて、学生らしくなってきた自覚はある。友達もできたし、知り合いも増えた。
学校生活はまずまず充実していると言っていい。
けれども、セーシェルはとにかく憂鬱だった。
それもこれもあの眉毛のせいだ。
セーシェルは、ぽこぽこ湯気を出しながら両手いっぱいの書類を抱えて生徒会室に急ぐ。
独裁者の生徒会長に、無理矢理義務化された革の首輪が、急ぎ足をさらに重たく感じさせた。
「まったく、いきなり奴隷扱いとか、フランスさんのことボロカスに言うとか、ほんと信じられないあの眉毛」
どすどす足音をたてて愚痴りながら、階段の踊り場を曲がろうとしたとき、物陰から出てきた人と派手にぶつかった。
「わっ!」
柔らかい感触とふんわりと香る花のにおい。
「ごめん!」
素早く叫んでぎゅっと抱き止められるかわりに、抱えていた書類がするりと腕を抜けて廊下に舞った。
「あああー! ごめん、ごめんね! 今拾う!」
セーシェルが状況を把握しそこねて、一瞬呆然とした間に、さっとかがんで散らばった書類を拾い集める長い髪の女性は、セーシェルも転入初日からお世話になっている人だった。
「わわ、だ、大丈夫ですハンガリーさん! 私も拾いますー」
あわてて廊下に落ちた書類を拾いにかかる。
「ごめんねー、私もぼんやりしてたから」
ハンガリーが手早く書類をそろえると胸に抱えた。
「半分手伝うよ、どこに持っていけばいいの?」
「あ、生徒会室です…ってハンガリーさん、いいですよ私持っていけますから!」
癖でつい、聞かれたことに真正直に答えてしまってから、セーシェルはあわててハンガリーの抱えた書類に手を伸ばした。
「いいのよ、大変じゃない、こんな量」
ハンガリーはセーシェルの手をひらりとかわすと、生徒会室にさっさと歩きだした。
おっとりした風貌にも関わらず、一部男子(特に銀髪)に異様に恐れられていたり、妙に運動神経がよかったりするこの上級生が、セーシェルはとても好きだった。
けれど、「書類コピーして運んでこい、三十部ずつ三十種類な」とか言うあの眉毛が、人に手伝ってもらったのなんて見たらなにを言い出すかわからない。
「待ってください、ハンガリーさん~~」
落とさないように書類を抱え直しながら、セーシェルは必死に後を追いかけた。